5
夜、ゼフィランサスは屋敷を出て行った。少し間を置いて俺もその後を追い、屋敷を出る。護はついて来ようとしていたが、何があっても来るなと命令してある。アイツは、俺が止める。
ゼフィランサスに追い付いた時、アイツは刀を抜き次々に悪魔や人間を惨殺していた。その光景が夢であってくれたらと、どれだけ思ったことか。
一息おいて、俺は口を開く。
「ゼフ!」
俺の声を聞き、ゼフィランサスはぴたりと動きを止めた。ゆっくりと、俺の方を向く。
「キールか」
静かな声が辺りにこだました。
「もういい加減にしろ」
こんなことしてまで生き返りたいと、誰が望んだ。アリアがそれで喜ぶと思ってんのか。
投げ掛けた言葉は、届いていなかった。
「千人殺した。あとは…お前だけだ」
血で真っ赤に染まった刀を俺に向け、ゼフィランサスは目を細めた。それは友ではなく、敵を捕らえる目をしていた。
「やめろ…ゼフ…」
「キール…俺はもう、戻れないんだ」
その声は少し悲しみを帯びていたような気がした。
「キール」
「…なんだ」
「何故、人と悪魔は…いや、聖女と悪魔が交わることは禁忌なのだろうな」
アリアは聖女でゼフィランサスは悪魔。
聖女は、その身を神以外に捧げてはならない。悪魔と交わることは最大の禁忌と言われていた。どんなことがあっても、心を通わせてはならない。
悪魔との繋がりは、即ち神への裏切りであり、聖女にとっては大罪。明るみに出れば、死刑ということになる。
人間界に住んでいれば、悪魔の子を宿した事により罪は更に重くなる。
俺はそこでハッとした。
「…まさか…アリアは」
「ああ…人間共に引きずり出され、公開処刑にされた。あの煙…あの炎に焼かれてアリアと子供は死んだ!」
いわゆる、火あぶりだ。
縛りつけられ、火を放たれ、生きたままアリアは焼かれたのか。
「どれだけ熱かったか…苦しかったか…!人間共はそれを見に来るんだぞ。どちらが悪魔だ!」
ゼフィランサスは目元を片手で覆い、苦しげに喉を鳴らした。
「なにがだ…なにがアリアを死なせた…人間か?それとも悪魔だった俺か!?…俺が、悪魔だったからか…!?」
突然振るわれた刀を受け止める。俺は自分の血を盾や刃に変える能力を持っていた。腕を軽く切り、盾にして刀を押し戻す。
「答えろキール!」
ゼフィランサスの目は、まるで迷子になった子供のような、どうすればいいのか分からない…そんな目をしていた。
「…分からねぇよ……」
ただ愛し合ったことが罪で、俺達が悪魔だったこと自体が許されないなら。
どうしたらいいかなんて、分からない。
それでも
「お前のやり方は間違ってんだ!」
ゼフィランサスを押し返し、己の血を刃に変えて斬りつける。本気だった。殺すつもりだった。もうゼフィランサスは、戻れないのだと分かったから。
何度も何度も、どちらかが死ぬまで戦いは続いた。
「…お前は俺を分かってはくれないんだな」
ゼフィランサスは俺を分かってくれた。俺も分かっていたつもりだ。ただ、俺が分かっていたゼフィランサスは、もういなくなっていたんだ。
「俺がよく知るお前は、もう死んだんだよ…!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
鈍い音がして、生暖かい液体が俺を濡らした。沈黙の後、ゼフィランサスの刀が主の手を離れ、地面に落ちて乾いた音を立てた。
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