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唖然とした。
人間界に走り、屋敷に帰ってきたゼフィランサスは、全身を赤く染めていた。濃い血の匂い。かなりの人数を殺してきたのだろう。

「おい、ゼフ…なんだそれ…」

「ああ…少し狩ってな…」

少し、そんな半端な数じゃない。数多の血の匂い…百を優に越えている。
俺もゼフィランサスも、娯楽で狩りをすることはあった。かなりの問題児だと言われていたが、ここまで殺したことはない。

「…なにがあったんだ」

普段はよく映える赤い目が今は霞むほど赤く染まった顔を見て俺は訪ねた。
自信に満ちた瞳。それは今どこにもない。

「……アリアが、死んだ」





その日から、ゼフィランサスは来る日も来る日も、血を全身に浴びて帰ってきた。人間の血、悪魔の血、無差別に殺しているらしく、奴の妹のラナンキュラスは心配していた。

「キール殿下…兄は、狂っています」

「…確かに様子はおかしいな」

ラナンキュラスは首を振り、一歩身を乗り出した。

「そんなレベルじゃありません!私、聞いてしまったんです。…兄は、兄はアリアさんを甦らせようとしてるんです!」

「…甦らせる?」

「兄は禁術を使うつもりでいます。その為には、千の生け贄と…そして」

俺を見つめる目が苦しげに細められる。

「自分の最も大切とする友の命が必要なんです。それは他ならぬキール殿下以外に有り得ません!」

肩を震わせて涙を流すラナンキュラスを抱き締める。早くなっている鼓動は、恐らく俺自身のものだろう。

「こわいんです…優しかった兄は、もうどこにもいなくて…心が無くなったみたいで…」

ここ数日、アイツは何も語らず、ただ夜になると出かけ、朝に血まみれで帰ってくることを繰り返していた。誰の問いにも答えず、問い質そうとした戦闘時のパートナーであるアシュレイにもその刃を向けていた。幸い軽傷で済んだのだが、このまま放置はしておけないと、護も俺も薄々感じていたことだ。

「お願いです…殿下…兄を、止めて下さい…」

その一言を搾り出すのにどれほどの勇気が必要だったのだろう。
それに対して返事をするのに、どれだけ苦しかったか。

「…分かった」

俺は静かに、肯定を示す言葉を呟いた。


今夜あいつが狩りに出たら、俺は後を追うことにした。ラナンキュラスを落ち着かせた後、ひとり部屋に戻ってベッドに寝転んだ。

何故こんなことになった。
つい先日まで、あれ程幸せそうに笑っていたのに。どこで狂った。
その答えは明白で、考えずとも俺には分かっていた。

止めなくては。
それが出来るのは、恐らく俺だけだろうから。
目を閉じ、眠れないまま夜を待った。


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