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悪魔は実年齢と見た目年齢が比例しない。俺は既に400年という年月を生きていたが、その時見た目はちょうど、18くらいだった。
今から300年前。
俺の中に、決して消えることのない傷を残した年だった。
「は?!今なんて?」
「父親になった、と言っているんだ」
ゼフィランサスには恋人がいた。相手の女は人間で、赤い髪の聖女。アリアという名前だ。それは知っていたし、実際にアリアと話したこともあった。
が、まさかこいつが父親になる日が来るとは。
「ゼフが父親…似合わねー…!」
「おいおい、普通そこは祝福だろうが」
「ああ、悪ぃ…つい本音が」
ゼフィランサスは鼻で笑って俺の頭を叩いた。本気じゃないからさほど痛くはない。
「でも、良かったじゃねぇか。いつ生まれんだ?」
「来年の、春」
「春か…恵まれてんな」
魔界は春が一番短い。その僅かな期間に生まれた者は幸せになれる…なんて言い伝えがあった。
「仕事も控えるように言ってきた」
アリアは普段、花売りをしている。俺のお袋が親父と結婚する前に開いた花屋で、その後をアリアが継いだらしい。お袋はそこの花が好きで、護はよく買いに行ってたらしい。ゼフィランサスはそこでアリアに出会ったと言っていた。
滅多に笑わない奴が、愛しそうに、優しく微笑む。初めて見た時は違和感を感じたが、それほどゼフィランサスにとってアリアは大切な存在なのだろうと思った。
「生まれたら、お前と同じだ」
「あ、ホントだな」
ヴァンピール。
ヴァンパイアと人間のハーフを一般的にそう呼ぶ。純血主義には特に疎まれ、蔑まれる種だ。ゼフィランサスは純血のヴァンパイア。人間のアリアとの間の子は、ヴァンピールになる。
「俺と同じか」
俺は別に、ヴァンピールが哀れだとか汚れているだとか思ってはいない。自分がそうだからというのもあるが、ほんの僅かしかない記憶中のお袋は、いつも幸せそうだった。親父と結ばれたことも、俺を生んだことも、決して後悔はしていなかった。
きっとゼフィランサスの子供も、親の姿を見たらそう思うだろう。
人間界へ顔を向けるゼフィランサスの横顔は少し、父親らしく見えた。
そしてその穏やかな雰囲気だった顔が、僅かに歪んだ。
「…なんだ…?」
じっと遠くの人間界を見つめるゼフィランサスの視線を辿ると、ヘル=ヘヴンズゲートの向こうから煙が上がっていた。
「火事でもあったのか…?」
俺が言うと、ゼフィランサスはなにか嫌な予感がすると、ひとり人間界に走っていった。
俺がこの時後を追っていれば、もしかしたら、なにか変わったかもしれない。
だけどその時は大して気にも止まらず、屋敷へと踵を返していた。
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