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フードを外した男の人は、紺の髪に赤い瞳、右目は黒い眼帯をしていた。キールより背が高いだろう、この距離だとかなり見上げなければならない。
「ヴィルヘルムもいたのか」
レオンと先程のルシアンがこっちへやって来た。ルシアンは私の顔を見るなり、ヴィルヘルムと呼ばれた男の人を押し退けて目の前に立ち、私の両肩を掴んだ。
「お前、名は?」
「えっ、あ、セイラです」
「セイラ…!可愛い子の名前はやっぱり可愛いんだな!」
「きゃ…!」
いきなりきつく抱き締められ、私がどうしたらいいのだろうと戸惑っている様子を、レオンとヴィルヘルムは仕方ないとでも言うような笑みで見つめた。二人によるとルシアンは可愛い人間が大好きらしい。レオンも彼女のお気に入りなのだという。
「可愛いなぁー、レオンの恋人か?」
「い、いえ、今日は気分転換に人間界に連れてきてもらったんです」
そう告げると、ルシアンはガバッと私を離し、肩に乗せた手はそのままにじっと目を見つめた。
「セイラは魔界に住んでるのか…?!」
「はい、キールっていう人の屋敷で働いてます」
「…キール?!」
ルシアンだけでなく、ヴィルヘルムの声もハモって辺りに響いた。私は何故そんなに驚くのか分からないまま、ただはいと頷いた。
「屋敷に人間の娘を入れたのか」
ヴィルヘルムは意外だとばかりに赤い瞳で私を見つめた。キールは魔王だし、確かに何の能力もない人間の私を屋敷に入れるなんて珍しいのかもしれないけれど。
「キール…あいついつの間に」
私を見つめたまま言うルシアンの瞳に、なにか見覚えのあるものを感じた。なんか…誰かに似てるような…。
「ああ、自己紹介が遅れたな…私はルシアン。キールの姉だ」
「え?!キールのお姉さん…?!」
お姉さんがいたんだ…初耳で驚いたけれど、確かに似ている。誰かに似ていると思ったのはキールだったのか。
「アイツやっぱり私のこと話してなかったのか」
「は、はい。初めて知りました…」
「あのアホ後でシバく」
ルシアンが呟いた直後、重い音が辺りにこだました。それを聞いてレオンと私は我に返る。
「しまった…」
「今の…門が閉まった音…よね?」
「ああ」
………。
確かヘル=ヘヴンズゲートは、一日に一度しか開閉しない。ということは…
「今日、私達帰れないんじゃ…」
「…そうなるな…」
しまった…物盗り以降扉のことをすっかり忘れて長居してしまった。これでは今日屋敷に戻れない。
「今日は人間界に泊まるしかないな」
レオンは私に向かって言った。
「なら、俺達と同じ部屋に泊まればいいんじゃないか?」
ヴィルヘルムが言うには、今日は彼もルシアンも人間界に泊まる予定で、既に二部屋予約してあるのだという。
「それがいいな。セイラは私と同室、ヴィルとレオンが同室でどうだ?」
「宜しいのですか」
「いいに決まってるだろう」
レオンに向き直り、ルシアンは明るい笑顔で言った。
日が本格的に傾き始め、私達は取り敢えず宿へ移動した。木と煉瓦のお洒落な宿。
受付でチェックインするルシアンを待ち、部屋に上がった。二階の奥から二つが、予約していた部屋らしい。扉の前でレオンとヴィルヘルムと別れ、部屋に入った。紙袋を置き、二つあったベッドの片方に座った。
「すいません、部屋に入れて頂いて」
「気にすることない。何かの縁だし、セイラは可愛いし」
ルシアンはコートを脱ぎながら笑顔で言った。コートを壁にかけて、ブーツを脱ぎ私の隣りのベッドに寝転ぶ。本当に綺麗な人だなぁと思う。キールの姉ということは、ルシアンは魔界の王女なのだろう。しかしキールと同じく、王族という気配をあまり感じさせない、親しみ易さがあった。
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