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「お茶どうぞ」
どこかへ行っていたチィが下から紅茶を差し出してきた。話し合いをしているアシュレイとラグナ君にお茶を淹れに行ってくれたようだ。私にまで用意してくれて、代わりに行くべきだったかなと思いつつ有り難く頂いた。
「ありがとう、チィ」
「いえ、ではぼくは失礼します」
一礼して、紅茶を乗せてきたトレイを脇に抱え、チィは図書室を出て行った。甘い香りが室内に広がっていく。
「…ねえ、チィはラグナ君に仕えてるの?」
「そうだよ、チィは僕のファミリアだから」
ファミリア…聞き慣れない単語に首を傾げると、アシュレイが横から補足した。
「ファミリアとは使い魔、召喚魔のことだ。契約者を主とし、その者にしか仕えない」
「あんなに小さい子が召喚魔なんだ…」
「チィには両親がいないんだ。僕が任務中に、戦闘に巻込んで死なせてしまった…だから、僕は独りぼっちになったあの子をファミリアとして引き取ったんだ」
「そう、だったの…」
私は何も言えなくなって、それを誤魔化すように紅茶を一口飲んだ。飲んだことのない味…だけどさっぱりした甘さがとても美味しかった。
「チィは小さいし、元々保護する為に契約したから戦闘には出さないけどね」
「…優しいのね」
「どうかな…事故とはいえ親を殺した悪魔に仕えるのって、辛いと思わない?チィは何も言わないけど…僕は、残酷なことをしたと思うよ」
「でも、チィはラグナ君が一緒にいてくれて、幸せだと思うよ。来たばかりの私が言えたことじゃないけど、すごく幸せそうだったもの」
私になにが分かるというんだろう。でもラグナ君の悲しげな眼を見ると、何も言わずにはいられなかった。
「契約は、契約者かファミリアが死ぬまで破棄出来ないんだ」
つまり契約したら一生その人と縁は切れないということなのか。それにしても、魔界はやはり安全な場所じゃないのだと思い知る。自分のいた時代が平和過ぎて、厳しいこの時代を生き抜くのは困難に感じられた。
意志が強くなければ、きっと途中で挫けて、そこで終わってしまうだろう。
「もっとしっかりしなくちゃ…」
アシュレイとラグナ君は、任務の話を大方まとめたらしい。資料を片付けて立ち上がった。
「そろそろ夕食の準備が出来た頃だろう。広間に戻るぞ」
言われて気が付いたけど、窓から差し込む日は既に弱々しいオレンジで、夜を目前としている。どうやらもう何時間もここにいたらしい。
私は本を持って、アシュレイたちと共に図書室を後にした。
魔界のこと、少しだけ分かったような気がする。知れば知るほど、恐ろしい場所に来てしまったのだと思うけど、生きて必ず元の世界へ帰ってみせる。親友のこと、好きな人のこと…思えば思うほど、帰りたい気持ちが強くなる。
もっともっと色んなことを知って、早く戻る方法を見つけようと心に決めた。
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