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首筋を温かい舌が這う。その何とも言えない感覚に目を細めて堪えていると、首のちょうど根元辺りに硬い牙の先が触れた。一瞬間を置いて、牙が肉に食い込む。強い痛みに、固く目を閉じてキールの濡れた服を握った。

「っ…ん…!」

血を吸われる感覚にはまだ慣れなくて、軽い吐き気のようなものを感じる。また気絶するまで血を取られてしまうのだろうか、仕事が終わってないんだけど。
頬に冷たいキールの髪が触れる。熱を持った首もととは対象的に、濡れた髪の冷たさは心地よかった。

服を握る手が微かに震えだした頃、キールはゆっくりと牙を抜いた。傷口から滴る血を舐めとり、牙の跡を舐めると、すぐに傷は無くなった。
…良かった、今回はまだ自力で立っていられる。
襟とブローチを戻し、キールは口元を拭った。
見た目は人間みたいなのに、やはりこういう仕草を見ると人ではないのだと思い知る。

「歩けるか?多少加減はしたが」

「うん、なんとか」

私が壁から背中を離して立つと、キールは小さく頷いた。

「仕事に戻れ。もう一度言うが、勝手にここに入るなよ」

「分かった、あ…服、ちゃんと出しといてね」

返事はなかったが、私は横を通り過ぎ、中庭を出た。
カゴを持ち、洗濯物を干しに向かう。
決められた場所で、重ならないように一枚ずつ丁寧に干していく。

あの時一瞬見たキールの寂しげな瞳は、決して見間違いなんかじゃない。普段の自信に満ち溢れた眼とは真逆のもの。私はあの瞳が忘れられず、かと言って深く入り込むことも出来ないまま、凶悪と言われる魔王に思いを巡らせた。
周りには、レオンや血の護がいる。だけどキールはいつでも孤独でいるような、そんな気がした。

横暴な面しか見たことがなかったから、嘘のようにも思えるけれど。こう見えても人の感情の動きには敏感な方だ。
周りが言うほど、もしかしたら凶悪ではないのかもしれない…。

そんなことを思っていると、後ろから話し声。
手を止めずに少し振り返ると、屋敷に誰か入ってきた。3人…だろうか。
私の視線に気が付いたのか、その内の1人がこちらを見て、そのまま近付いてくる。

「…君…もしかしてセイラちゃん?」

「あ…はい、そうですけど」

ベージュの短髪、緑の瞳の青年は、やっぱり…という顔をして他の2人に頷いた。1人は女の子で、年は私と同じくらいだろうか、長い髪をふたつに結んでいる。もう1人は青い髪で、少し眠たげな眼が印象的な青年。
もしかして彼らはこの間会えなかった血の護の残りのメンバーだろうか。

「あの、もしかして血の護の…」

「あれ、知ってたんだ!クシナさん辺りから聞いた?」

やはりそうだった。
…ということはこの3人もヴァンパイアということになる。しかし彼らは、この間会った4人より更に悪魔らしくないというか、人間に近い雰囲気をしていた。
楽しげに話をしていたのを見る限り、3人は仲が良いのだろうか。



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