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騎士に血の護…屋敷で働く色んな人間や悪魔を知る中で、私はキールの魔王という立場が凄まじいことに気が付いた。この時代は、王の決定が全てなのだと。私がいた時代は独裁政治じゃない。王なんて存在もなく、地位的に最高位に立つのは教皇様だ。
私たちは神の意志を全てとして生きている。

キールには…現魔王の周りには、騎士や暗部は存在しても、政治をする上で大切な人材の大臣などがいない。
前の魔王の時にはちゃんといたらしいけど…何故今いないのだろう。

洗濯物を入れた大きなカゴを持って、中庭に繋がる廊下を歩く。天気はいいとは言えない。魔界では、快晴の日の方が珍しいそうだ。
乾くのに時間が掛かりそうだと、そう思っていると、水音が聞こえてきた。

「え…!雨…?!」

これから干そうと思っていたのに…と中庭を見ると、雨は降っていない。どこから聞こえるのだろうと、私はカゴを中庭の入口に置いて、様々な植物の植えられた庭の奥へ進んだ。

見たこともない植物ばかり。中には明らかに毒がありそうな色合いの花や、動き回る木もある。多分危害は加えない…とクシナさんに教えてもらったけど、多分なのだから用心に越したことはない。出来るだけ近付かないように道の真ん中を歩いて、中庭の一番奥へ進んだ。

「…あ……」

綺麗なアーチの向こう、一面に蒼く光る花が植えられた広場に、キールの姿があった。花畑のあちこちにある蛇口が全て開かれていて、どうやら水やりの最中だったようだ。
…自分もびしょ濡れになっているあれはわざとなのだろうか。
蛇口から溢れる水は、高さを変えて踊るように花を濡らす。
それに濡れないように近付くと、キールが振り向いた。

「…なんだ、お前か」

「何してるの?」

「見て分かんねぇのか、水やりだ水やり」

「…自分も濡れて?」

頭から水を被った状態のキールを見ると、煩わしいといった様子で髪をかき上げる。

「うるせぇな…別にどうだっていいだろうが。てめぇ仕事はどうしたんだよ。俺の前で堂々とサボりとはいい度胸だな」

「水音が聞こえたから気になったの。…それに、その濡れた服を洗わなくちゃいけないしね?」

仕事を増やさないでよ、と付け足すと、うざったそうに顔を背けた。
…そんなに私がいるのが嫌なのだろうか。相変わらず失礼な。

「お前、次から勝手にここに入んなよ」

花を見渡しながらキールは言った。なにかとても大切なものを見るような瞳。この名前も知らない花は、使用人ではなく自ら水やりをする程、キールにとって特別なものなのだろう。

「…分かった。…ねえキール」

「あ?」

「どうしてこの屋敷には…ううん、キールの周りには、国を仕切る人達がいないの?」

先程思っていたことを口にした。しかしその質問は、キールにとって不愉快だったのか、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「お前がそんなこと知って何になる」

「それは…そうだけど。ちょっと疑問に思ったから」

「別に知りたいなら教えてやるがな…」

そう言いながらキールが近付いてくる。が、何故か私はどんどん後ろに追いやられて、硬いレンガの壁に背中を着けた。逃げる前に、キールの腕が顔の両横に置かれる。
その手に目をやった後、腕を辿ってその金色の瞳を見た。

「元からいなかった訳じゃねえよ。いなくなったんだ」

「…いなくなった…?」

水滴がキールの顔を伝う。

「…俺が、俺だったからだ」



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