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足音が聞こえてくる。それはどんどん大きくなり、こちらへ近付いているのが感じられた。階段の、上から聞こえる…
私は音の方向へ体を向け、じっと見つめた。足音は迫り、その姿を現した。

「誰だてめえ。人間が俺の屋敷に何の用だ?」

階段の上に姿を見せたのは、長い銀髪に黒いコートを纏った男だった。その見覚えのある顔に目を見開く。先程私の目の前にあった石像と同じ人物なのだ。つまり、魔王がそこに立っている事になる。

「…キー、ル」

もしやと思い、名を口にしてみると、男は少しだけ表情を動かした。

「俺の名を知ってるのか。…まぁ、知らねえ奴の方が少ねぇだろうけど。」

男は自分がキールという名であることを肯定した。やはり彼が石像の人物だったのだ。しかしどうして今目の前にいるのか、分からない。ただ何も言えずにキールを見上げていると、彼は自分の指を鳴らした。

「てめえの名は聞かねぇぞ。今ここで殺すからな、不法侵入者。」

あ…ヤバイ。
脳内で察した直後に体が後ずさっていた。逃げなければ…
走りだそうと背を向けた瞬間、背後から口を塞がれ、両腕の自由を奪われる。

「バカが…この俺から逃げられるとでも思ってんのか?」

耳元で言われ、冷たい汗が頬を伝った。キールが立っていた場所から私の立っていた場所まで、かなり距離があったのに…
人間にはきっと、こんな動きは出来ない。
なら、キールは…

「んっ…んん!!」
「あぁ?」

口を塞がれているせいで言葉が発せられない。腕も動かせない為、私は首を振った。すると口を押さえていた手が離れる。

「遺言くらい聞いてやる。」
「ちょっと…勝手に死ぬなんて決め付けないでよ!」

腕も引き離そうともがきながら言うが、キールは欠伸をしながらどうでも良さげな顔をしていた。…なんか、苛々する。人が真剣な時に…!

「で?言いたいのはそれだけか?」

腕を引かれ、向き合わされる。鋭い金色の瞳に負けないよう、私は逸らさずに見つめた。

「あ、あなたは…悪魔なの?」

学校で言えば笑われるような台詞。しかしこの場所では逆に、人間である私の方が違和感ある存在に思えた。

「魔界に悪魔が住んでんのは当たり前だろうが。てめえみたいな『人間』がここにいる事がおかしいんだよ。」

あぁ、やっぱりそうなのか。魔界…そして魔王…どう考えても私のいた世界とは違う。そう思わざるを得ない。これが例え夢でも現実でも。

「魔界って何…悪魔って何なのよ…!ここ、どこ…」

最悪。訳の分からない場所で死ぬ事になるなんて思わなかった。キールには絶対に勝てない。だから彼がその気なら直ぐにでも私を殺せるのだろう。悲しいやら情けないやら悔しいやらで、無意識に目に涙が溜まった。

「何言ってんだてめえ。魔界も悪魔も知らねえ人間が何処にいる。」
「…ここにいるわよ。」

精一杯睨みながら言えば、キールは「はっ」とバカにするように笑った。

「変わった女だな。」
「至って普通です。」

私は何一つおかしな事は言っていない。変わってるのは間違いなくキールの方だ。未だ解放されない両腕を動かそうとしていると、キールのもう片方の手が伸びてきた。反射的に目を閉じる。

「お前…これを何処で手に入れた。」
「え…?」

キールが触れていたのは私の髪飾り。赤い宝石の付いた綺麗なものだ。

「なんで魔界にひとつしかないモンをお前が持ってる…?俺が今付けてるのと同じ。」
「魔界に、ひとつ…?」

あれ、そういえばこの髪飾りをいつどこで手に入れたかと聞かれれば、覚えていない。とても気に入っているから毎日付けているけれど、いつから持ってたんだっけ…

「…つくづく妙な人間だ。女、てめえ死にたくねぇんだったな。」
「あ…当たり前でしょ…!」

慌てて言い返すと、キールは笑みを浮かべ、私に顔を近付けた。

「だったらここで働け。」
「…え…?」
「死にたくねぇんだったらこの屋敷で働け。そうすりゃ生かしておいてやる。それから、お前が俺に血を捧げる事。」

キールに言われた事を冷静に考えた。とにかく殺されずに済む道があるなら迷っている暇はない。

「早く決めろ。気が変わるかもしれないぜ。」
「わ、分かった…」

私は直ぐに頷いた。不本意でも、今は仕方ない。
キールはそれを聞くと、私の首筋に舌を這わせた。

「…ちょっ、ちょっと、何…!」
「血をもらう。てめえが今そう言ったんだぜ。大人しくしてろ。」

魔王・・・キールはヴァンパイア…ユリアがそう言っていた。ヴァンパイアは人の生き血を食らう悪魔なのだと。キールが首筋に牙を刺し、痛みが走った。

「…っ…」

逃げ腰になるのを、キールは腰に手を回して引き寄せた。体から血が抜けていく感覚が気持ち悪い。徐々に足に力が入らなくなり、いつの間にか無意識にキールにしがみついていた。視界が、ぼやける。

「…は…、」

キールは牙を抜き口元の血を拭う。そして彼が噛み跡を舐めると、傷は跡形も無く消えた。失血の為に立っていられなくなった私を支え、抱え上げる。

「てめえは二階奥の部屋だ。分かったな。」
「私は、てめえじゃなくて…セイラ…」
「そーかよ。精々しっかり働くんだな、セイラ。」

ああ…なんか、大変な事に巻き込まれた気がする…。きっと私は過去へ来てしまったんだ。どうしてこうなったのかなんて分からない…しかしこうなった以上、やれる限りの事をして、元の世界に帰る方法を探すしかない。
ああ、明日からは忙しい日々が始まりそうだ。
私は過度の睡魔に引きずれるように、瞼を落とした。



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