1


「セイラー!時間だよー!」
「はーい!ちょっと待って…!」

朝の祈りを捧げていた私は、親友のユリアの声を聞いて急いで階段を下りた。
既に一階のロビーで小さな鞄を片手に準備を整えていたユリアは、早く早くと手招きをする。

「もう、遅刻しちゃうよ?今日は遺産見学なんだから、ちょっと遠いし。」
「祈ってたら時間忘れちゃって…ごめんね、行こ!」

両手を合わせて親友に笑顔を向け、現地へ歩き出す。

「今日観に行く所って、魔王が住んでたっていう屋敷なんだよね。」

私はぼんやりと、数日前にクラスで配布されたパンフレットを眺める。

「そうそう。魔界封印時代の王が住んでたんだって。」

魔界封印…約500年前に起きた、世界を大きく変える出来事。昔、この世界は魔界と人間界に分かれていたらしい。それが魔界封印によって人間界ひとつになったとされている。魔界のない今、そんな話は中々信じられないのだけれど。

「悪魔なんて…本当にいたのかな?」
「さあ?あたし見たことないからなんともー。」

ユリアは大して興味無さげに欠伸をしながら言った。
今この時代には悪魔なんていない。少なくとも私は見たことがないから、そう思っている。授業でも、神の加護によって守られているこの世界に、悪魔が住める筈はないのだと習った。

「セイラ?」
「…えっ、あ、何?」

考えに耽っていた私は我に返り顔を上げた。

「あたしの話、全然聞いてなかったでしょ。」
「うん、ごめん。」
「全く、しょうがないなぁセイラは。屋敷、着いたよ。」

ユリアが指差した方を見ると、巨大な屋敷が佇んでいた。他の建物とは違う、重々しい雰囲気が辺りを包んでいる。美しい装飾の施された、私の通う学校よりも大きな屋敷は、典型的な豪邸といった感じだ。

「入っていいのかな、こんな所…」
「いいに決まってるじゃん。ほら、シスター達待ってるよ!」

先に歩きだしたユリアの後ろ姿を捕らえつつ、私はもう一度屋敷を見渡した。
じっと見つめていると、どこか懐かしいような、不思議な気持ちになってくる。

「…初めて来たんだ…よね。」

まるで以前にもここへ来たことのあるような、ぞくりとした感覚が背筋を走った。

「ううん、ないない。」

私は首を振って、シスターやクラスメイト達と合流した。

屋敷の中はその外見に劣らない美しさのまま保存されていた。家具や絵画などがそっくりそのままの顔を見せている。

「ユリア、ここに住んでたの、王様なんだよね。」
「うん、どうしたの?」
「普通王様って城に住まないかなって。」
「あぁ、確かに。でもこの代の魔王は王である事を嫌がってた、みたいな事シスターが言ってたから…移住したんじゃない?」

話しながら歩き、角を曲がる。
そして目の前に広がったものに私は思わず足を止めた。
他より開けた空間には玉座らしきものがあり、その上に、半身と両手が壁に埋まった状態の石像があった。

「あの石像がこの屋敷の主…つまり魔王だって。」

ユリアが横で言うのを小耳に挟みながら、私は目の前の『魔王』から目を逸らせずにいた。

「ねぇ、あの石像…どうして十字架に刺されてるのかな…」
「魔王の息の根を止めたのがあの十字架なんだって。心臓を貫いてるらしいよ。王の悪逆非道を神が制裁したんだって。」

巨大な十字架に射抜かれ、石像は少し前屈みになっている。立ち入り禁止のテープの横に、恐らく『彼』のものであろう名が記されていた。

「…キール・シュヴァルム・ヴェラムダンテ…」
「ヴァンパイアなんだって、この魔王。」
「キール……」

私は彼の名を口にして、石像をじっと見つめた。
それが魔王だからなのか、石像からは言い知れぬオーラが放たれている。
…なんだか、呼ばれているような…いや、そんなはずは無い。目の前の石像はただの石像でしかないのだから。でも、何故だろう。私の足は吸い寄せられるように石像へと動いた。テープを潜り、彼の前に立つ。

「あ、ちょ、コラ!そこ入っちゃ駄目だってセイラ!」

ユリアが慌ててこっちへ来るのをぼんやりと視界に入れつつ、私は石像へ手を伸ばした。そしてそっと牙に触れる。
その瞬間、強い光が目に飛び込んできた。あまりの眩しさに思わず私は目を閉じる。体の内側から何かに引っ張られるような感覚に襲われ、引きずれまいと両足に力を入れた。


やがて引きつける力がおさまり、眩しさも消えていた。
ゆっくり目を開けると、私は先程の屋敷に立っていた。だがどこか雰囲気が違う。周囲が妙に生々しい。そして目の前にあったはずの石像が、ない。

「ユリア!」

親友の名を呼んでみるも、返事が無ければ姿も無い。ユリアだけでなく、他の学生やシスター達も、忽然と姿を消していた。

「何…どこ、ここ…」

状況の全く分からない、言い知れぬ不安の中に佇んでいると、足音が耳に届いた。



[ 29/60 ]

[*prev] [next#]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -