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「もう二十年以上前の話でおす。当時門番でありんした朱雀殿は、よくこの揚屋に足を運んでいんした」

朱雀はここへ来る度、吉野を指名していたという。

「優しいお人でありんした…誠実という言葉そのもののように」

吉野は思い出しながら、穏やかな表情で続ける。
朱雀は仕事の疲れを癒す為に、島原を訪ね、吉野と話していたらしい。客にしては珍しい程、色事にも興味を示さず、ただ毎回吉野との会話を楽しみ帰っていったという。

「当時はあちきも太夫ではありんせん。それ故頻繁に逢状を頂いていんした」

だが、吉野が売れ、島原で人気の女郎になるにつれて、朱雀とは会いにくくなっていった。そして吉野が太夫を襲名することになり、金銭的な意味でも、より会うことが難しくなったという。

「太夫を座敷に呼ぶには、そら大層な金がいるんや」

絢鷹は花街の決まりを知らないサイに付け足す。

「そう。そして、もう会えんと思ったのでありんしょう、太夫になる前夜に、朱雀殿から逢状を頂きんした」

その夜初めて、朱雀は吉野を抱いたのだという。

「その時既に、あちきは朱雀殿に恋をしていんした。もう会えぬと泣いたのを覚えていんす。そしてその時にあちきが身篭ったのが絢鷹…お前でおす」

それ以降、朱雀が吉野に会いに来ることは決してなかったと、吉野は話す。
故に朱雀自身も、自分に息子がいることは当然知らないままだったという。

「…何で今まで黙ってたん。父親は知らん、誰か分からんてずっと言うてたやん」

眉を側め、どこか切なげに言う絢鷹を寸の間見つめ、吉野は目を伏せる。

「裏切り者の子やと、お前が周りに虐げられるかもしれん…それが嫌やったんでおす」

「……!」

朱雀はやがて、天照に刃向かい殺そうとまでして、結果追放された。その話は勿論島原にも届く。絢鷹の父親が朱雀だと周りに知れたら、そのことで虐められたりするかもしれない。
そう思った吉野は、父親のことは全て隠そうと決めたのだ。悲しいことだが、仕事柄こういうことは起こり得る。誰の子かは分からないと言っても、そう不自然ではなかったのだ。

「あちきはお前だけは、守りたかったんでおす。女郎以外の…ひとりの母親という女として接することのできる、唯一の子でありんしたから」

絢鷹は瞳を震わせ、一度涙を堪えるように俯き、微笑みながら顔を上げた。

「……おおきにな、オカン…」

そこまでして守ってくれて。
誰にも何も相談せずに、全部ひとりで背負ってくれて。
絢鷹が言うと、吉野は母親としての笑みを浮かべた。



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