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山茶花が眠っていた部屋の隣には、出雲がいた。彼も同じく黄泉…いろはに憑かれ、肉体的にも精神的にも大きな傷を受けた。山茶花が目覚めたすぐ後に、出雲もまた目を覚まし、今は意識もはっきりしている。
憑かれた事による後遺症もなさそうで、定期的に様子を見に来ていた黨雲も安心した様子だった。

布団から半身起こし、煙管を片手に持つ出雲は、着物の左半分だけを脱いだ状態だ。
胸や腹に包帯が巻かれ、まだ痛みもあるのか動き辛そうにしている。

「体がそんな時でも、煙管は離さないのだな」

含み笑いで出雲に言葉をかけたのは、綺羅だった。師である出雲を救出に行ってから、暇があれば師の元を訪れていた。
師が目を覚ました事に、ようやく肩の荷が下りたような、脱力感にも似た安堵が押し寄せた様子だ。
固かった表情に余裕が出来たのか、綺羅は穏やかな笑みを浮かべている。

「こればっかりは、死ぬ間際まで辞められないねぇ」

むしろ辞めたら死ぬかも、と出雲はくつくつ笑う。

「お前さん達には本当に…心配と迷惑を掛けた。ここにこうしていられるのも、綺羅…お前さんのお陰だ」

いろはに憑かれていた時は、完全に意識を飲まれていたと出雲は話す。ただ真っ暗な闇の中に、一人ぽつんと立っているような、酷く孤独な感覚だったことしか出雲は覚えていなかった。

「……寂しい空間だった」

誰からも見えず、聞こえない。
まるで体が透明になり、声を失ったかのように、周りの者全てが己の存在に気付かない。
苦しくとも、助けを呼びたくても、その声すら届かないような虚無の世界。
出雲が感じたのはそういう世界だった。

「あれは…黄泉の心の中だったのかもしれないと、俺は思ったよ」

「黄泉の心?」

憑かれている間は、いろはの意識に出雲の意識が飲み込まれていた。出雲を飲んだのは、悲しく孤独な闇だったのだ。
あれがもし、黄泉の…いろはの心の叫びなのだとしたら。出雲はふぅ、と細く煙を吐く。

「黄泉というのは、独りぼっちで、寂しい存在なのかもしれないね」

「…だとすれば、ただ敵だからと排除するのは気が引けるな」

綺羅の言葉に、それまで黙って部屋の隅にいた影熊がピク、と体を揺らす。深緑の瞳が微かに震え、静かに膝を抱えた。

「僕と似てるのかもね」



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