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「血ぃ見たらぞくぞくしねぇ?」
別に殺人願望があるわけではないが、いろはにとって血は興奮剤のようなものだった。相手と、命を懸けて戦っている証のようなもの。それを感じる度に、いろはは例えがたい程生への喜びを感じる。
ただの影でしかなかった己の身体から流れるその赤は、生きている証のように思えるのだ。
「ぞくぞくするさ。だから、見ないんだ」
首の傷を綺麗に縫い合わせながら、ヒナは目隠しの奥で眉を側めた。
「俺にとって血は、我を忘れさせる厄介なものでしかないからな」
黄泉は、生前の影響を強く受ける存在。生前のトラウマ、性質や性格…全て黄泉になっても引き継がれている。殆どの黄泉が生前の自分を忘れてしまってはいるが。
無意識に引き継がれた性質に、ヒナにとって面倒なものが混ざっていたのだ。
「俺様まだ見たことねぇなぁ、血に狂ったお前を」
「………見る必要はない」
「なぁ、どんな感じなんだ?血を啜りたくなるってなァ」
ピク、とヒナの身体が反応する。
苦々しくひとつため息を吐き、糸を結んで少し乱暴に千切った。
「いってぇ!」
ヒナは涙を浮かべながら首を摩るいろはの隣に腰を下ろし、針と糸を片付ける。
「何故そうなるのか、わからない。……ただ、血を飲みたいと本能が訴えてくる」
例えばそれが敵ではなく、仲間の血だったとしても。それが"血"という物質ならば身体が欲するのだ。ヒナの体質は昔からそうだった。相手の血が一滴もなくなるまで、食らい付き血を啜る。
そんな醜い自分が、ヒナは大嫌いだった。
「目隠しをしたままでも、さして困ることはない」
見なくていいものは見ない。
ヒナはそうして、自分の狂気を押さえ込んでいる。
神妙な顔で俯くヒナを横目に見、「ふうん」といろはは口を尖らせた。力があるにも関わらず戦わないというのは、いろはにはおよそ理解しがたいものなのだろう。
完全に縫合された傷口を指先でなぞり、絡み付いた血をぺろりと舐める。
「絢…次に会うのが楽しみだぜぇ」
獲物を一匹に絞った猛禽類のような鋭い眼差しは、闇の中で怪しく光った。
すると物音と共に、強い光が室内に入ってくる。いろはは眩しさに目を細め、光の先を見た。
「アンタ達…こんな暗い中で何やってんの?」
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