5


「リボン…」

聞き慣れない言葉を口にしながら、山茶花はそっと、桃色のそれを手の平に乗せる。滑らかで手触りのいい、上質の糸で作られていた。

「こっちに来る時に、サザンカさんに何か贈りてぇなって思ってて…色々探してた時に、そいつを見つけてな」

他にも、簪や櫛、紅…様々なもので悩んだが、焔伽はこのリボンを見た瞬間に即決した。
綺麗な物の方が、山茶花は似合う印象がある。それに、山茶花は普段女らしい物は身につけない。
だからこそ焔伽は、誰が見ても"可愛い"と思うものを贈ってみたくなったのだ。

「いいのか?私にこんな…」

リボンは、中つ国にはない糸で作られている。値も張っただろうにと、山茶花は言う。
そんな山茶花に、焔伽はニッと笑って一言だけ返事をした。

「貰ってくんね?」

三年前と何ら変わらない笑顔。
山茶花は一瞬その顔に見入り、やがて俯くように頷く。その口元には遠慮がちな笑みが浮かんでいた。

「そっか、良かった。…あ、それ、着けてみてくれよ」

「そう、だな…そうする」

下ろされた長い髪を結ぼうとする山茶花を焔伽は制し、後ろを向くように促す。

「俺にさして」

「…え?!」

肩を上げて驚く山茶花を見て笑いながら、早く早くと急かす。何か言いたげだが、山茶花は素直に背中を向けた。緊張しているのか、肩は上がりっぱなしで両手は正座した膝の上だ。
焔伽は両耳の横から髪を全体の半分程掬い、頭の後ろでそれを合わせ、リボンを巻いた。いつもひとつに纏めている山茶花の、違う髪型。
女性らしく結ばれた髪に、リボンはよく映えていた。

「ん、終わり。こっち向いて」

「嫌だ」

山茶花の背中に声をかけるも、拒否の一言。焔伽は目を丸くし、やがて山茶花の耳が赤らんでいることに気付く。
くつくつと笑いながら、腕を組む。

「見てぇんだけどなー…折角結んだのに」

すこし拗ねたような声色で言えば、山茶花は僅かに顔をこちらへ向けた。焔伽はあともう一押しで、山茶花が折れると分かっている。

「な、こっち向いて」

そう言うと、ゆっくりゆっくりと山茶花が焔伽に向き直る。
目を逸らし気恥ずかしそうにしているが、リボンも髪型もよく似合っていた。

「な、なんでこんな髪に…束ねるだけで良かったのに」

「サザンカさんそういうのも似合うと思ってさ。案の定似合ってるし…可愛いし」

「かっ…!」


上がっていた肩を更に上げ、山茶花の顔が赤く染まる。可愛い等、山茶花が普段言われることはなかった。それ故の過剰反応だ。

「すげぇ可愛い。サザンカさんのそういう姿、たまには見てぇな」

山茶花は少しの間口ごもり、俯きながら、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

「たまに、な…」

「よっしゃ!」

嬉しそうに笑う焔伽を見上げ、山茶花もはにかむ。

「ありがとう焔伽…大切にする」

焔伽は満足げに山茶花を引き寄せ、再び胸元にすっぽりと包み込む。

「焔伽…?」

早鐘のようにうるさい心臓が口から出て来そうな感覚に襲われながら、山茶花は焔伽を見上げる。目が合った空色は、笑みを浮かべてはいるが真剣そのものだった。

「人間の寿命は短いかもしれねぇし、延ばせっつわれても出来ねぇ……けど、俺の残りの人生全部サザンカさんにやるから、それで勘弁してくんねぇかな」

真剣な瞳が、にこりと幼い笑みに変わる。山茶花は唖然と見つめ、やがてその瞳が震える。

「…っ…仕方ないな…」

赤くなった顔を隠すように、山茶花は焔伽の胸元に擦り寄る。

「それで手を打ってやる…」

小さな声は、焔伽の耳に届くのには十分で。両手を回し、華奢な体を抱きしめた。
山茶花は目を細め、華斬へと視線を向ける。

「…私も、腹を括ったからな…」

音になるかならないかの呟きは、焔伽に届くことはない。
自分の中で小さなため息を着き、山茶花は身を預けた。



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