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「どうして…さっきまで」
「器を手に入れた…俺達は、命を手に入れた」
愁麗の言葉を遮り、影狼丸は自身の胸元を握った。心臓の鼓動を確かめるように目を伏せ、やがてゆっくりと瞼を開く。
「器を得た今も黄泉であることに変わりはない」
「…どうやって、器を…」
愁麗の問いに、影狼丸は愁麗の正面から退いてみせる。向かいの牢屋が空になっていた。先程黄泉が…恐らくいろはとリンカが、向かいの牢屋に死体を投げ入れていた。それが今は何もない。
「まさか…死体に、憑依したんですか…?」
「ンな訳ないでしょ?誰が神の死体なんかに憑きたいもんですか」
リンカは不機嫌に腕組みをして愁麗を見下ろす。睨むような鋭い眼差しには、憎しみすら感じられた。
「俺達はあの死体を基にして、自らの器を作った。死体は材料に過ぎない」
死体から器を作る。
黄泉がそんな知恵と能力を持っていたことが信じられず、愁麗は言葉を失う。
「あたしらのこと、馬鹿だと思ってた?口すら効けない存在だもの、お偉い神様から見たらゴミみたいなもんだったでしょうね」
愁麗は神だ。
リンカの言葉には、神に対する恨みにも似た棘が含まれていた。
「そんなことは…!」
否定しようとした愁麗だが、言葉が続かない。紛うことなき事実だったからだ。愁麗自身はそうは思っていなくとも、神々の多くが黄泉を低俗で野蛮な存在だと認識している。
言い淀む愁麗に苛ついたのか、リンカは踵を返し地下を出ていく。いろはは何も言わず、だが何かを思案した真剣な顔つきで、リンカの後を追った。
地下に残されたのは、愁麗と影狼丸だけだ。
「俺達以外にも、力のある黄泉は同じ手段で器を手に入れた」
流石に黄泉の全てが器を得られる訳ではないようだが、影狼丸の口ぶりから、まだ他にも強力な黄泉がいるのだと確信出来た。
「何を…するつもりですか…」
愁麗の言葉が地下に木霊する。不安の滲んだ声色が反響し、消えていった。
「認めさせる…ただ、それだけだ」
独り言のように呟かれた影狼丸の言葉は、どこか物悲しく儚かった。微かに揺れる赤い瞳を見つめ、愁麗は眉を寄せる。
「それは、どういう…」
認めさせるとは、誰に、何を。
その問いに影狼丸が答えることはなかった。
「…お前の身の安全は保障する。安心して良い」
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