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燕志が低く唸った時、部屋にサイが顔を出した。先程まで、アカネや雫鬼と共に、高天原の現状を聞いて回っていたのだ。アカネと雫鬼は、忙しなく怪我人を治療し続ける黨雲や姫宮を手伝いに行ったらしく、サイは山茶花達の様子を見に戻ってきた。
燕志と絢鷹という見慣れない姿に、サイは二人を交互に見遣る。
「ウチは絢鷹…防衛軍二番隊の隊長や、絢でええよ」
「俺は燕志。同じく軍の四番隊隊長だ」
サイはそれを聞いて、二人が奪還に向かっていた隊長だったのかと納得し、頷いた。
部屋の入り口近くに座り、刀を置く。
「俺はサイ、中つ国から援軍として来た。よろしく頼む…それから、仲間を手助けしてくれてありがとう」
焔伽も綺羅や影熊も、二人に助けられたからこそ無事に戻れた。サイは軽く頭を下げる。
「気にせんでええよ!むしろウチらが助けられたみたいなもんやし」
絢鷹は笑いながら、そない畏まらんとって、と言い、燕志も笑みを浮かべる。
「……高天原の現状については、大方聞いて回った。黄泉のことも」
サイがその左目に鋭さを見せると、絢鷹達もフッと和やかな空気を消す。
「黄泉の凶暴化の原因は、ウチはただひとつやと思う」
「愁麗…理の姫が攫われたから、だな」
黄泉の力を抑え、高天原を乱さないように均衡を守り続けてきた愁麗。彼女が黄泉の手に落ち、黄泉を制御する者がいなくなった。
力を押さえ付けるものが無くなれば、黄泉は自ずと本来の力を取り戻すことになる。
「一番大事なのは愁麗の奪還だ…だが…」
「愁麗が無事かどうか、それすらまだ分からん」
燕志と絢鷹の表情が曇る。
そこには強い責任感や、後悔にも似たものが滲んでいる。軍の隊長というのは、背負うものが大きいのだろう。
しばらくの沈黙の後、サイは畳を見つめていた視線を上げた。
「分からない事を考えても仕方ない。今、何が出来るか考えよう」
サイの言葉に、流石、とでも言うかのように焔伽と綺羅が笑みを浮かべる。
「そうだな。お主の言う通りだ」
「んじゃあ、取り敢えずは山茶花と出雲さんに憑いた黄泉についてだ。いろはって奴は、去り際に妙なことをしやがった」
絢鷹はハッと燕志を見つめる。絢鷹にも、黄泉の不可解な行動に見覚えがあったからだ。
「死体を…持ち帰った…」
絢鷹の呟きに、サイ以外が表情を固くする。
「死体を持ち帰った?」
「ああ、防衛軍の隊員の死体を持って帰ったんだよ。俺も見てた」
焔伽がサイに言う。
「不思議なのは、死体だけだったっつーことだ。周りには、まだ生きてる奴も何人か倒れていた」
「…けど、黄泉は死んだ者だけしか連れて行かんかった」
偶然じゃない。
いろはも、もう一人の黄泉も、生きた者をあからさまに避けていた。
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