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「話せるってのは、こんな楽しいもんだっけなァ」
黄泉は闇の姿をしている。目はあるが、口を持たない。器を手に入れてようやく"話す"ということが出来るのだ。
「今まで、言いたいことは山のようにあった…まぁ、だが…」
黄泉は綺羅達を眺めて笑みを浮かべ、屈んでいた姿勢を正す。
「今日はこれだけ覚えて帰んな」
「何だと…?」
怪訝な顔をする燕志に、黄泉は出雲の声で言う。
「いろは」
ゆっくりと、だがはっきり聞こえるように黄泉は口にした。
「いろは…だと?」
「俺様の名だァ!しっかり覚えとけよ神」
黄泉はそう言い残すと、出雲から抜けていく。出雲の身体から闇が溢れ、その闇は人型になった。黄泉は赤い瞳を三人に向け、そして、倒れる四番隊隊員に闇を浴びせる。息絶えた隊員だけに浴びせられた闇は、死体を吸い込んで消えていく。
「てめぇ!何しやがる!」
動きだした燕志の槍の一振りをかわし、いろはと名乗った黄泉は姿を眩ませた。
燕志はいろはが立っていた場所を睨んで舌打ちをし、負傷した隊員が無事かを確認する。
倒れ込む出雲に綺羅は駆け寄り、その身を起こした。
「出雲…!出雲しっかりしろ!」
軽く揺さぶると、出雲はゆっくりと目を開ける。浅い呼吸を繰り返し、綺羅を見て目を細める。
「綺羅、か…?」
「そうだ、迎えにきた」
出雲は驚いたとばかりに微笑む。中つ国に帰った綺羅が、高天原にいること。この陰の地にいること、すべてに驚いているようだった。
だが、やがて理解したように頷くと、静かに目を閉じた。
憑かれている間に精神も肉体も疲労し、負傷している。呼吸をしていることを確認すると、綺羅は出雲をおぶった。
「大丈夫なの?その出雲って人」
「ああ」
覗き込む影熊に綺羅は頷き、燕志に近づく。怪我人を二人抱える燕志は、さらにもう一人を担ぎ上げようとした。だが、流石に両腕に大人を抱えた状態では持ち上げられない。その様子を眺めていた影熊は、燕志の隣にしゃがむ。
「……。手伝おうか?」
「…!…ああ、頼む」
燕志は微笑み、最後の一人を影熊に任せた。影熊は隊員を担ぎ、立ち上がる。
「怪我人四人も担いで帰ったら、驚かれるだろうね」
三人は冗談混じりに笑い合い、居住区へ戻り始めた。
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