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「必ず、出た門に戻ってこい」
青龍門から出た限り、青龍門へ戻れと青龍は言った。綺羅は目の前に広がる荒野から青龍に視線を移し、一度だけゆっくり頷くと、何も言わずに荒野に踏み出した。
高天原の陰と呼ばれる場所。
ある意味、高天原は居住区である陽と、黄泉のいる陰のふたつの国に別れているようだと、綺羅は思った。
殺伐とした風景に、生き物の気配はない。草木ひとつ生えない陰には、水も勿論なく、地面は干からびてひび割れている。
黄泉とは魂だけの存在。彼らは食物を口にする必要はない。言葉さえ話せない存在だと聞かされていた。
「……そのような状態で永遠にさ迷うのは、決して幸せなことではないだろうな…」
「なに?」
己にのみ聞こえる程度の声で呟かれた言葉は、影熊には届かなかった様子。なにを言ったのかと問う影熊に、綺羅は首を振った。
「何でもない。それより、陰というのは想像以上に広いな」
延々と視界に広がる枯れた地を見て、影熊は頷いた。
「確かにね。生きてるなら気配は直ぐ分かるだろうけど、こんだけ広いとなぁ…どこ探せばいいのやら」
生きてるなら。
影熊の言うことは最もだった。
一週間もこの地で行方不明の師。生きているかすら、もう危ういかもしれない。
「ま、綺羅の師匠ってくらいなら、簡単には死なないだろーけど」
興味なさ気な口調とは裏腹に、影熊は綺羅を気遣っているようだった。師の行方不明を知らされてから思い詰め続けている綺羅を、励まそうとしているように。
それを感じ取ったのか、綺羅は口許に笑みを浮かべる。
「きっと、どこかで戦っているのだろう」
そこまで言って、何かを思い出したように綺羅は僅かに目を開いた。その場にしゃがみ込み、地面に右手を着ける。
「何してんの?」
影熊は腰を屈め、綺羅を見つめる。
「大地の声を聞こうと思ってな。枯れた地と言えど、大地はまだ生きている」
「ああ…成る程、師匠の居場所を聴くんだね」
綺羅は頷き、目を伏せて大地に集中した。大地の声を聴くのは、修羅族の能力だ。大地から生まれる修羅族だからこそ、母の声を聴くことが出来る。
影熊は黙って探る綺羅をじっと見つめていた。
しばらくして、綺羅は金色の瞳をゆっくりと開いた。そして影熊を見上げ、頷く。
「見つけた。ここからもう少し、西だ」
確信的な言い方の綺羅を見つめ、影熊は笑みを浮かべ頷いた。
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