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空の空気が徐々に冷たくなり、いつの間にか雪がちらついていた。阿須波は夏の終わりでもこんな状態だ。勿論寒さ対策をしていないサイと焔伽には、その温度差が身に染みる。
「だー…さみぃ…!」
「確かに。地元はまだ夏だからな」
白く目視できる息。
手足がかじかむ寒さだ。
視界の悪い雪空を見下ろしていると、黙々と走っていた炎馬が高度を落としていく。
サイが地上を覗くと、見覚えのある姿を二つ見つけた。
「よくやった、賢いな」
目的の人物を見つけた炎馬の背を撫でて褒める。白い鼻息を出しながら炎馬は嬉しそうに鳴き、雪原に着地した。
突然目の前に現れた炎馬に、歩いていた二人は驚き構える。
「綺羅!」
サイが呼びながら炎馬を下りると、構えていた綺羅は驚く。
「サイ…?それに、焔伽も…」
「さむさむさむ…っ!もう、驚かせないでよねー」
綺羅の隣で構えていた影熊は、サイと焔伽を睨みながら警戒を解く。そしてすぐに両腕を抱くように摩り、寒さに堪えていた。
「久しぶりだな…どうしたのだ」
黒髪をひとつに纏めた綺羅は、その髪を風に靡かせながら二人に近づく。
「急に尋ねてすまない。大事な用があってな」
「おっ、またでかくなったなー影熊!」
「気安く頭触んのやめてって前言ったよね?あほとぎ」
「その呼び方ヤメロって前言ったよなーあ?」
「いたたたたっ!!ちょっと、やめてよ殺すよ?!」
影熊と焔伽が隣で騒いでいるのを横目に見つつ、サイは綺羅を見下ろした。
「高天原が、危ないらしい」
「…なに…?」
サイの一言で、綺羅の表情も一気に引き締まる。
「詳しくはまだ聞かされてない。だが、俺達の手を借りたいと使いが来た」
「高天原が…それはきっと、ただ事ではないな」
察しの良い綺羅は、顎に手を当て眉を潜める。
「今仲間を集めて回ってるんだ、もし行けるなら、一緒に高天原へ行こう」
綺羅は寸の間考え、頷いた。
「分かった、高天原の神には恩もある。私で力になれるのであれば、共に行こう」
綺羅は側で雪玉を投げ合っている焔伽と影熊に目をやり、苦笑いを浮かべる。
「影熊!ちょっと来い」
「いたっ!…ん?なに綺羅」
焔伽に最後の一発を投げ飛ばし、綺羅の側に寄る。
サイは雪塗れの焔伽に近づき、着物に着いた雪を払った。
「急用が出来た。しばらく高天原に行かねばならない」
「それって僕ひとりで留守番ってこと?」
「そうだ」
「やだ。絶っ対、やだ!」
腕を組み、断固として拒否する影熊を困ったように見つめ、綺羅はサイに視線を移した。
サイは笑みを浮かべ頷く。それを見た綺羅は、再び影熊に視線を戻した。
「…分かった、お主も連れていく。それなら良いか?」
「うん、いいよ」
即答で答えた影熊に呆れた様子でため息をつく。
「遊びに行くのではない。行くからには、働いてもらうぞ」
「分かってるよ、久しぶりに腕が鳴るね…!」
笑みを浮かべ、肩を回し始めた影熊。サイは空を見上げた。
「で、これからどうすんだ?」
「アカネが俺の所へ来るはずだ。それを待つ」
鏡を使い、アカネがサイのいる場所に来る約束だった。
アカネにしか高天原への道は開けない。犬神山に行くにしても、炎馬は二人しか乗れない。
「要は、待つしかない」
「ドヤ顔すな!」
サイの頭に軽く手刀を下ろし、焔伽は両腕を抱える。
「さみぃー、アカネ早く来てくれ…!」
「なんでよりによってこんな場所かなぁ!もう!」
焔伽と影熊は寒さにガタガタ震えながら、まだかまだかと身体を摩っている。
サイと綺羅はそんな連れの様子を見て目を見合わせ、小さく笑った。
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