序章


神々と黄泉の暮らす世界、高天原。
神々の統治により、その世界は安定していた。

しかしその穏やかな世界は、ある月のない夜に壊されることになる。






高天原中心部にそびえ立つ塔。
特殊な術式の施されたその塔で、一人の女性が天秤に触れていた。
黄金で作られた天秤は、左右に異なる光を乗せ、ゆらゆらと動いている。
銀髪の女性は、傾きが大きくなれば重い方を減らし、常に重さの均衡を保っている様子だ。
天秤に触れる彼女の指先は、淡く輝いている。

この塔で、こうして天秤の均衡を保つのが彼女の役目だった。
外に出ず、毎日が変わらない日々。
一日の仕事を終えた彼女が、休もうかと手を止めた、その時。
彼女は何かの気配を感じ、座ったまま振り返る。日が沈み、暗い室内は見回しても誰もいない。

「天照…?」

彼女…愁麗は、塔に出入り出来る唯一の人物の名を呼ぶ。姿は見えないが、確かに何かの存在を感じるのだ。

「……朱雀…?」

もう何年も離れている恋人の名を、そっと呼んでみる。
返事はない。
愁麗は不安気に眉を寄せ、部屋の隅に立てていた蝋燭を手に取る。
暗闇を照らしながらゆっくりと部屋を歩くと、その光に影が映し出された。

「…!」

影は人型をしている。
全身が闇のように暗いが、眼だけが赤く光っていた。
愁麗は声も出ないまま、後ずさる。影は追い詰めるように愁麗を部屋の隅まで追いやり、その赤い眼がニヤリと笑った。

「天照…っ…!」

助けを呼ぼうと愁麗が動いた瞬間、影は腕を振り、愁麗に闇を浴びせる。そのままぐったりと倒れる愁麗を、影は脇に抱き、部屋に唯一の窓を破り塔を出た。
まるでそれがきっかけのように、暗雲が、陰の世界に溢れ出した。




「これは…!」

自室から外を眺める太陽神、天照は、高天原を覆い始める異様な気配を感じ取った。

「この気配は黄泉の……愁麗…、愁麗!!」

ハッと目を見開き、一人塔にいる愁麗の元へ走り出した。



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