黄泉の本拠地。
太陽の光が一切届かないその場所は、至るところに火が点され、人為的に明るくなっていた。
黄泉達は元々影の存在故に、暗闇でも何ら困ることはない。
これら明かりは、影狼丸が愁麗の為に点させたものだった。
黄泉ではない愁麗には暗闇は堪える。彼女が動き回れるように…そんな影狼丸の優しさだった。

「何で神なんかに優しくするのよ」

影狼丸が度々見せる愁麗への…神への優しさが、リンカには理解出来なかった。
部屋の蝋燭を愁麗に重ね、じっと睨む。あたたかくて、儚く美しい。
そんな言葉がよく似合う愁麗がリンカは嫌いだった。

初対面の頃から、愁麗に対しては辛く当たっている。
愁麗自身に問題があるというよりも、彼女が神であるということがリンカを生理的に苛立たせた。
影狼丸やいろはは、温和な方だ。
必要がない限りは殺さない影狼丸に、神を気に入ってここに連れ込みさえするいろは。
敵に対して何故そんなことが出来るのだろうか。

神狩りに向かう為に廊下を歩いていたリンカは、前から歩いてくる人影に目を細める。仄かな光がその人物を照らし出した瞬間、リンカは小さく舌打ちをした。
今脳内を占領していた忌ま忌ましい相手、愁麗だった。

「どちらへ?」

少し手前で立ち止まった愁麗に対し、リンカは足を止めることなく進む。

「神を狩るに決まってんじゃない。馬鹿なこと聞かないで」

不機嫌な声色で紡がれた言葉に、愁麗の表情が曇る。
同族を殺しに行くのだと言われているのだから無理はないが、リンカには何も感じなかった。

「自業自得なのよ。あんたら神が撒いた種…諦めなさい」

すれ違い様に言い残したリンカの背に、愁麗は振り向いた。

「貴女も、どうかお怪我のありませんよう」

その言葉に振り返ると、複雑な顔の愁麗と目が合う。
リンカが神を殺しに向かうことは勿論悲しんでいるが、その中にはリンカを案じる心もあった。

「は?何言ってんの?あたしがどうなろうと、アンタには関係ないでしょ。ていうか、仲間殺しに行く奴によくそんな言葉が掛けられるわね」

不愉快。
その一言に尽きる。きつく睨みつけながら、リンカは吐き捨てた。

「誰が傷付くことも悲しいのです。わたしは、黄泉も神も好きですから」

乱暴に投げられた言葉を丁寧に拾って、愁麗はリンカに返した。
曇りのない澄んだ紫の瞳は、睨んでなどいない。終始優しい色を湛えたままだったが、リンカは射られたように、その瞳に反論することが出来なかった。

「…馬鹿みたい」

ぼそりと言い残し、リンカは陰へと出て行く。
愁麗はその背を静かに見送り、踵を返した。



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