夜になり、焔伽は以前修業中に使わせてもらっていた部屋に引き上げていった。
最後まで元気のないままだったが、結局山茶花はその理由を聞くことはなかった。
聞かないことが焔伽の為になるような気がした。
部屋に飾った花瓶の水を入れ替えて机に置き、畳に腰を下ろす。

開け放たれた障子の向こうから、冷たい風が入ってくる。
宵も深くなると、肌寒さを感じた。
明日は天照が言っていた通り、焔伽とサイが陰に赴く事になるのだろう。
だが山茶花の胸中は、言い知れぬ不安で満たされていた。何故こんなにもやもやするのかは分からない。だが、何故かあの二人が心許ないと感じてしまう。

弟子である焔伽は勿論、サイの実力もよく分かっている。
けれど、明日に限っては二人に陰に踏み込んでほしくなかった。
この非常事態、人手も一切余裕のない中、行かせないでくれとは言えなかった。
彼らは援軍だ。戦う為にここへ来た。

そう思うと、急に心に冷たい風が吹いたような気がした。外からの風とはまた違う。
その冷たい感情は寂しさに似ていた。
焔伽は高天原を救う為に来たのだ。
山茶花に会う為ではなく。
それに気付いて、自分は今、寂しいと思っている。
三年の間、焔伽を待ち焦がれていたのは事実だ。会いに来ると言った弟子を、今か今かと毎日待ったものだ。
けれど、会いたいと思っていたのは自分だけかもしれない。現に三年もの間、会いに来ることはなかった。高天原の非常事態がなければ、今もまだ、焔伽は中つ国で生活していただろう。
これが一方的な感情かと思うと、何て馬鹿馬鹿しいのだろう。
そして、何て苦しいのだろう。
自分が焔伽に対して弟子以上の感情を抱いていることには気付いている。初めて抱いたこれが、本当に恋と呼べるものかは分からないが、今一番当てはまるのが恋という感情だった。
だけど、それを明かすことが出来ない。口をついて出るのは、可愛げもない言葉ばかりだ。
口走った後に毎回後悔はしているが、止める術を知らなかった。
火明のように、自分に素直に生きられたらどれだけ良いだろう。飾らず、心のままに生きる彼女を羨ましく思う。

「っあー!!何辛気臭ぇこと考えてんだ、私らしくもねぇ!」

物語に出てくる町娘のような心境の自分に腹が立ち、ガリガリと頭を掻いて布団を敷くべく立ち上がる。
押し入れから一式取り出し、部屋の真ん中に敷き、灯をひとつだけ残して横になる。橙色にぼんやりと照らされた部屋の中で、それでも山茶花は考えを断ち切れずにいた。
その晩は明け方まで答えの出ない自問自答を繰り返し、今日任務に出る二人の無事を祈りながら、目を閉じた。





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