焔伽は一人、縁側に腰掛けていた。
柱に背を預け、片膝を立てて座っている。今いるのは自分達に宛がわれた屋敷ではなく、風の宮だった。
師である山茶花の屋敷だ。
三年前に修業した稽古場を眺め、流れる風を感じている。
ふと、風の気配が変わったと思えば、山茶花が廊下を歩いてこちらへ来ていた。
山茶花は焔伽がここにいることに驚き、足を止める。

「焔伽?何してんだここで」

風呂に入っていたのか、山茶花の頬は血色良く、下ろされた長い髪も濡れている。雫が落ちないように拭きながら、山茶花は焔伽に問い掛けた。

「久しぶりに来たくなってさ。懐かしいよな、ここでの修業ももう三年前か」

「ああ、そうだな…早いもんだ」

焔伽と同じように、山茶花も稽古場に目を遣った。
岩砕きから始まり、刃を交えたこともあった。三年経っても稽古場は何も変わらず、その時と全く同じ顔をしている。
隣に腰を下ろした山茶花は、手を休めることなく髪を拭いていた。

「なあサザンカさん、今日泊まってもいいか?」

「ん?お前には屋敷丸々与えられてるだろ」

今回高天原に来てからはずっとそこで寝泊まりしていたのに、何故急にと山茶花は首を傾げる。

「何か…ここにいたい気分でさ」

稽古場を見つめる焔伽の横顔を見、山茶花はいつもの焔伽とは雰囲気が違うことに気付いた。
覇気がないというか、落ち込んでいるというか。とにかく普段の焔伽ではなかった。
これは何かあったんだな…と、山茶花は心の中で思う。

「好きなだけいればいい」

気になっていても深く追求してこない山茶花に、焔伽は笑みを浮かべる。
彼女の隣にいると、荒れていた心が和むようだった。

「サザンカさん」

「ん?」

「ちょっとだけ、甘えさして」

そう言って返事を待たず、焔伽は山茶花の膝に頭を乗せる形で寝転ぶ。
びくっと驚いた山茶花が落とした手ぬぐいが顔に被さり、焔伽は笑った。

「俺まだ死んでねぇぞー」

そんな冗談を言うと、顔から布がバッと退けられた。真っ直ぐ上を見た先の山茶花は、ほんの少し頬を赤くし、眉間にしわが寄っているが怒ってはいなかった。

「調子に乗っていいのは、今だけだからな」

元気のない焔伽を殴る気はないのか、山茶花は小さな甘えを笑って許した。
山茶花を見上げて一度笑顔を見せると、焔伽は山茶花に背を向け横向きになる。
山茶花からは焔伽の顔が見えなくなったが、ため息を吐いたのは分かった。
ひどくしょんぼりとした犬が乗っているような気がして、山茶花は微かに笑う。

随分と大人になったが、それでも神である山茶花との年の差は埋められるものではない。
ずっと年下のこの人間が可愛くて、長めの金髪に指を通した。
髪に触れたのは初めてだったが、思いの外柔らかく、さらさらしていた。砂が零れるように指を摺り抜け、その度に山茶花はまた髪を撫でる。
二人の間に言葉はなかったが、心地好い時間が流れていく。

しばらくして、山茶花は思い出したようにハッとし、焔伽を覗く。

「焔伽、天照から伝令が来てた。明日陰に行ってくれだと。サイと一緒に」

その言葉を聞いた焔伽は、僅かに目を開いた。




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