5
やがて落ち着いたのか、影狼丸は深く息を吸い込む。
「言えてよかった。…お前が楽しそうで、よかった」
「…影狼丸、」
苦い表情のサイに、影狼丸は含み笑いで首を振る。
「真実を突き付けておきながら変な事を言うようだが…お前が気に病むことじゃない」
サイとて、生まれたくて生まれた訳ではない。
サイ自身が悪い訳ではないと、影狼丸は解っている。
「その体、この先も大事にしてやってくれ。出来る限り、長生きしてくれ」
サイは込み上げるものを抑え込むように唾を飲み、頷く。
「必ずお前の分まで、生きよう」
影狼丸は微かに笑みを浮かべ、空を見上げた。
「今は俺にも、大切なものが出来た。新しい器も手に入れた。"影狼丸"として歩めている。それで充分、恵まれている」
黄泉は孤独な存在だが、器を手に入れたことで互いの傷を埋め合えるようになった。
大切な仲間になった。
「天国があるなら、地獄とはこの陰のことなのかもしれないな」
陰には生き物はいない。
死気が蔓延し、黄泉となった死者しかおらず、だが影故に対話することも触れることも出来ない。
既に死んでいる為死ぬことも出来ず、永劫この虚無の世界を彷徨い続ける。
「俺にはこれ以上の地獄は、ないと思う」
渇いた笑いを浮かべる影狼丸の横顔を、サイは複雑な目で見る。
「…黄泉は…影狼丸はどうしたら救われる?」
空を見ていた影狼丸の表情が驚きに変わり、サイに顔を向ける。
真っ直ぐな眼差しに、影狼丸は俯いた。
「変わらないな、お前は」
いつも手を差し延べてくれる。
瞳を僅かに震わせながら、影狼丸は顔を上げ、サイを見た。
「俺達黄泉の願いはひとつ……認めてほしい、ただ、それだけだ」
「認める?」
影狼丸は静かに頷き、それ以上は何も言わなかった。
追求できる雰囲気でもなく、サイもまた口を閉ざす。
聞きたくない真実だったことは確かだが、聞いたお陰で、どこかすっきりした。
今まで自分の身を省みたことはなかったが、この先はこの体を大切にしようと、サイは思う。
影狼丸に与えられた、人生なのだから。
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