「未練を遺した妖の魂は、黄泉になる…。俺の生前は、数多の妖の融合体だ。遺した未練は、生への執着」

生きたいという意思が最も強かったからか、記憶も性質全て影狼丸に残ったままだった。

「赤子のサイが銀髪になったのは、その時だ。呪いによって生まれたお前は、普通の人間ではない」

サイの頬を冷たい汗が伝う。
口の中はカラカラだった。
つまり、サイは生まれる予定ではなかったのだ。
サイの魂は、然るべき時に、別の形で生を受けるはずだった。
それが降霊術により、無理矢理中つ国に生まれ落ちたことになる。
影狼丸の体を己の器として。

「…俺は、まだ生まれるはずじゃなかった…そういう、ことか」

影狼丸は目を逸らし、俯く。

「母親も結局は、呪術者の妖に喰われて死んだ。遺された赤子を拾ったのは、お前の育ての親だ」

晋介と巴だ。
サイが何度生まれを聞いても、二人は教えてはくれなかった。
それは、実の両親の悲惨な死に様を目の当たりにしたからだったのだろう。

「お前が現れた時は、驚いた。まさか、また会うことになるとは思わなかった」

影狼丸は苦笑する。
サイは何と返していいのか分からず、口を噤む。
自分の体が自分のものではなかった。影狼丸を押し退け、黄泉にまで落としたのは、結果的にはサイだったのだ。

「悔しくて、憎かった。それは俺の体なのに…そこは俺の場所なのに…!」

影狼丸は拳を握る。
腕が微かに震えるほど、力を込めて。

「…でも、憎いと同時に、嬉しかったんだ。俺の代わりに生まれた"サイ"は、ちゃんと生きてくれたんだと…俺の体は無駄ではなかったんだと…そう思えたから」

再び互いが真っ直ぐに見つめ合った時は、互いに涙が頬を伝っていた。

「お前が……、っ……生きるのは楽しいと、言ってくれてよかった…」

「……っ…」

俯きながら膝を着いた影狼丸に、数拍遅れてサイも地に膝を着く。

「お前は…死に飲まれる俺の、…唯一の光だった」

喉を詰まらせながら、影狼丸は言う。
影狼丸から器と人生を奪ったのはサイだ。だが影狼丸に手を差し延べてくれたのもまた、サイただ一人だった。

次々と流れる涙をそのままに、サイは震える両手で影狼丸の頬に触れる。

「……ごめんな、」

声もまた震え、ひどく掠れていた。

「…今まで気付いてやれなくて、ごめん…っ」

影狼丸の瞳が震え、また涙が伝う。
言葉はもう出て来ないようだった。
ずっと言えなくて、苦しかった。たった一人で抱えていた秘密は、やっと二人のものになった。
見た目も心もそっくりな二人。
兄弟よりも近くて、遠い存在。
生と死に別れた二人を、月の光が慰めるように照らす。




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