ほの暗い廊下を、黒い狼が歩く。
陰へ向かうその足取りはやや重く、表情も緊張感のあるものだが、戦場に赴く訳でも、ましてや散歩に出掛ける様子でもない。
伏し目がちな赤い瞳は、どこか遠くを見ているようだった。

「行くのですか」

背後から掛けられた愁麗の声に振り返ることはなく、僅かに肩越しに見遣る。

「…大切な方の元へ」

ゆっくりと近付いてきた愁麗に、狼は敵意を向けることも拒絶することもない。

「お前は前に言ったな、後悔する前に、ちゃんと話せと」

「はい」

隣まで来た愁麗を見下ろし、赤い瞳を細めた。

「話そうと思う」

「…そうですか」

穏やかな笑みを浮かべた愁麗にひとつ頷き、狼は再び歩を進め、影に潜り陰へと出て行った。
酷く小さく、孤独な背中。
愁麗は狼がいなくなった後も、そこに立ち尽くしていた。



影から陰に現れた狼は、空を見上げる。
砂埃と雲に掠れてはいるが、美しい月が昇っていた。
生気のないこの地から見える、命を感じられるもの…それは太陽と月くらいだ。

青白い光を浴びた狼の黒い髪が艶やかになびく。
静かに目を臥せ、ある人物に思いを馳せた。

会うのは怖い。
けれど、会わなければ進まない。
狼の目指す目的地に辿り着くには、通らなければならない壁だ。
心の中で一度、呼ぶように名を念じ、狼は目を開いた。




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