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「それは、お前が他の黄泉のような目的を持って動いているのではないと、捉えても良いということか」
器を得ておきながら仲間に協力しないということは、つまり、そういうことだ。
「そうだ、俺はただ安らかに居られれば良かった。紛争など御免被る」
こうして話ながらも、千代菊は日向の心を視ていた。
人の心を手に取ることが出来る千代菊には、日向が嘘を言っているとは思えなかった。この男は黄泉でありながら、少し孤立しているようだ。
まるで私のようだ、と千代菊はぽつりと思う。
千代菊は神ではない。体内に内臓も無ければ、病にもかからず、血液の代わりに体内を流れる特別な油の補給さえ怠らなければ、死ぬことは有り得ない。
ただの異端者であり、千代菊に従う周りの神々が心の底ではそう思っていることを知っている。
この男もまた、黄泉の中では異端扱いされているのだろう。
形ばかりの総隊長である千代菊には、ずっと望んでいることがあった。
軍と神々からの解放、そして安穏だ。
到底口に出せる望みではなかった。神に造られた身でありながら、神から解放されたい等、言える筈もない。
だが、日向はその目的達成に役立つかもしれない…冷静な頭で、そう思った。
恐らくは、この男の願いと千代菊の願いは同じなのだ。
いつまでも攻撃してこない千代菊を見て、日向は首を傾げる。
「何故黄泉を斬らない。お前は神だろう。それとも俺に神の情報でも売ってくれるのか?」
「思い上がるな。黄泉等に売る情報は持ち合わせておらぬ」
睨み上げると、だろうな、と日向は笑った。
「だが、そうだな。今日はこのまま引こう」
「何故?」
「…私も、安穏が欲しいからだ」
千代菊の願いは簡単だが、己の力では成し得ないことだった。誰かの助力が必要だが、神にそれを手伝う者はいない。
故にこの男を利用しようと、千代菊は思ったのだ。
日向は少しばかり口許に驚きを浮かべ、笑うこともなく真剣な顔つきで千代菊を見下ろした。
「そうか…」
「お前の力があれば、叶うやもしれぬ。故に今は殺さぬ」
「俺が大人しく従うと思っているのか」
嘲笑うように言うと、千代菊は表情を動かさないまま頷いた。
日向にこの話を飲まない道はない事を、分かっているのだ。
「お前が安穏を望むから、必ず乗るだろう」
千代菊と日向にだけ解り得る内容。
「今では駄目なのか」
「軍を投げ出す訳にはいかぬ。たとえお飾りでも、役目は果たさねばな」
日向と手を組むのは一番最後だと、千代菊は冷たく言う。
神への情はないが、軍への思いはあった。例え造られた身でも、感情がある以上愛情を抱くことはある。
「"その時"に、また訪ねよう」
千代菊が言うと、日向は頷く。
「気長に、待っているとしよう」
穏やかな笑みを浮かべ、日向は闇に溶けて消えた。また何処か、争いから離れた場所へ移動したのだろう。
千代菊はどこか放心したように、その場に立ち尽くした。
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