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黄泉は今までのどの報告にも当て嵌まらない格好をしていた。
黒髪短髪のその男は紫の着流しに、襟巻きを纏い、両目は包帯で隠されている。
右手に脇差しを握り、左手には手裏剣を何枚か挟んでいた。
「黄泉の主格か」
千代菊の鈴の音のような声は、荒野に凛と響いた。
男は口を閉ざしたまま、地を蹴り、素早く移動しながら多方面から手裏剣を飛ばした。
千代菊も動き、次々と飛んでくる手裏剣を弾き、避ける。
手裏剣には糸のように細い影が括り付けられており、弾いても落ちなかった。男はあやとりのように左手を動かし、何度も千代菊を狙う。
千代菊は動き回る男の気配へと間合いを詰め、刀を振り下ろした。
刃は男を捉えているが、男も脇差しにより千代菊の一撃を受け止めている。
鍔ぜり合いの最中、千代菊はこの男の気配に殺気がないことに気付いた。
投げられる武器に手加減等はなかったが、この男自身からは殺気を感じない。
千代菊が力を緩めると、男は大剣を押し退けて千代菊に斬り掛かる。
荒野に鮮血が飛び散った。
千代菊は動かなかった。わざと相手に斬らせたのだ。だが、千代菊は死んではいない。男の刃は僅かに左頬を掠めただけだった。
「何故、首を跳ねなかった」
挑発するように言うと、男は歯を食いしばり、千代菊の首に刃を宛がう。
だが、やはり斬ってこない。
「そのように怯えた目をした者に、私は殺せぬ」
隠された包帯の奥を見透かすような眼差しと言葉に、男がびくりと反応するのが分かった。
恐らくこの男、戦いたくないのだ。
そして、神を斬ることに恐れを抱いている。
千代菊の左頬は、焼けるような音と共に見る見る塞がっていった。
己の体ながら、なんと悍ましいことかと、千代菊は思う。
造られた命である証だ。この体は神や人間程の痛覚はなく、異常なまでの回復速度を持つ。
「お前の、名は?」
男が初めて口にした言葉だった。
千代菊は目のある位置から視線を逸らさないまま、
「千代菊」
と手短に答えた。
「千代菊、か…良い名だな」
男の口許がフ、と笑みを浮かべる。
「日向」
「お前の名か」
「そうだ」
日向と名乗った男は、優しげな雰囲気を纏っている。
怯えや戸惑いが消えた訳ではなかったが、何故かこの状況で、とても穏やかなのだ。
「お前、私を殺す気はないのか」
千代菊が問うと、日向が眉を下げたのが分かった。包帯に隠されていて見えた訳ではないが、気配で分かった。
「俺は戦うのが嫌いでな。仲間に無理矢理追い出されたからここにいたが、このままお前が黙って引き返してくれると助かる」
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