千代菊は足音も立てずに、舞うように高天原の屋根を渡って行く。
ひらひらと着物が舞い、まるで紅い蝶が踊っているかのように見える。
朱雀門の上を飛び越え、陰に降り立つ。
蔓延る死気の中、黄泉の気配も四方八方から漂ってくる。現地に赴くことの少ない千代菊は、陰の荒野の感触を確かめるように何度か砂を転がし、地を蹴った。

生き物の気配を感じてか、黄泉がするすると地を滑りながら千代菊に近付き、具現化して飛び掛かる。
千代菊は術を口ずさみ、自分の武器を呼び出した。紅色の大剣は、重たげな見た目に反して軽やかな艶を放ち、欠けた葉のような形をしている。
千代菊の小さな体には不釣り合いの大剣を、片手で握って一振りした。
その一撃で囲んでいた黄泉の半分が薙ぎ倒される。
影が溶けるように消えていく黄泉達の最期は、悍ましくも美しさを感じさせた。

「お前たち…私を生き物だと、認めるのか」

自嘲するかのように笑い、次々と湧いて出る黄泉を斬りながら、陰の奥へ奥へと走り続けた。
時折すれ違う何番隊かの隊士達は、千代菊の姿を見て安堵の表情を浮かべる。
千代菊は戦姫と呼ばれる高天原の三人目の"姫"なのだ。
彼女が出て来た以上、神に負けはないと、疲れきった隊士達の士気も跳ね上がる。

報告通り、確かに黄泉の数は尋常ではなかった。視界を覆う程の黒い影に千代菊は眉を寄せる。
襲い来る黄泉を消しながらも、主格を探し目を凝らした。
黄泉は湯水のように湧いて出る。いちいち相手にしていてもキリがないことくらい千代菊にも分かっていた。
太陽を覆い隠そうとする暗雲が立ち込める領域まで進み、周りの黄泉を薙ぎ倒す。
視界を覆おうような影を払いのけた瞬間、光るものが千代菊目掛けて飛んできた。
刀を盾にし、それを弾くと、金属音を立てて足元に落ちる。忍がよく使う手裏剣だった。
それを認識した直後、岩影から何かが飛び出し、千代菊に更なる追撃を仕掛けてきた。。
千代菊は刀を振り、応戦する。
相手も刃物を使っていた。日本刀でも剣でもなく、脇差しのようだ。
千代菊が振り払うように大きく刀を横に振ると、影は身軽に身を翻し間合いを空けた。

そこで千代菊が初めてしっかりと視界に捉え対峙した相手は、影ではなかった。
人間や神と変わらぬ容姿。
間違いない、この男は黄泉の主格だと、千代菊は悟る。




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