「絢鷹は取り逃したか」

「はい、申し訳ありません」

千代菊の前で、右京は頭を垂れる。
隊士達からの報告により、追跡していた絢鷹を黄泉に奪われたことを知った千代菊は、さして表情を動かさなかった。

「構わぬ。黄泉に囚われたとて、裏切ることはあるまい」

絢鷹に裏切りの意思があったとは思いがたい。二番隊の忠誠心は、軍の中でもすこし大袈裟な程。
忍とはとかく犬のような集団である。主に牙を剥くことは有り得ない。
ましてやあの、絢鷹なら。
ここにいる右京とてそうだが、絢鷹の高天原への愛情は昔からとても強かった。
島原の母と、自らの隊士を危険に晒すくらいなら、己の首を掻き切るような男だ。
千代菊は大して気に留めてはいなかった。

「千代菊!!」

会議室の扉を荒々しく開けて入ってきたのは、四番隊の燕志だった。腕に副隊長のことりを抱えている。
燕志は額から、体中から血を流し、肩で呼吸しながら千代菊に近付く。

「黄泉が多過ぎる。とんでもねぇ数だ…!俺らの部隊じゃ到底捌ききれねぇ!」

一息で言うと、燕志は直ぐさま右京に体を向ける。

「ことりがやられた…!多分毒だ」

右京は目の色を変えて燕志に抱かれることりを覗く。
全身から汗が吹き出し、呼吸は荒く、脈も早い。体中が異常な程熱かった。

「すぐに解毒剤を調合しよう。ことりを預かるぞ」

「ああ、頼む!」

燕志からことりを預かると、千代菊に一礼して足早に部屋を出て行った。
右京は毒薬と武器生成の専門家だ。毒がどんなものか分かれば、解毒剤も調合出来る。
そっちの方面に縁のない燕志は、ただただ右京を信じて祈るしかなかった。

慌ただしい一部始終を見ていた千代菊は、ガタリと席を立つ。
燕志が見上げた先の彼女は、あどけない少女ではなく軍の総隊長の目をしていた。

「私も出よう。燕志、お前達四番隊は少し休め」

「…分かった」

ことりのことで頭がいっぱいだったからか、体の痛みは感じなかった。だがここにきて少し気が緩んだのか、傷がズキズキと痛み出す。
千代菊は上階から飛び降り、燕志の脇に足を着けると、ゆっくりとした歩調で部屋を出て行った。
その背を見送り、燕志はガクリと力が抜けたように椅子に座る。ことりの無事を確認するまでは、治癒部隊に手当てを受ける気にもならなかった。
机に肘を着き、祈るように絡めて額を押し付ける。
聞こえるのは、自らの呼吸音だけだった。




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