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「…雫鬼さん…」
傷が塞がるのを確認し、右腕から目を逸らさないまま姫宮は静かに呼ぶ。
雫鬼は何も言わず顔を向け、黙って斜め下を見つめる姫宮の言葉を待った。
「サイのこと、どう思います?」
「ああ…」
雫鬼は姫宮が言いたいことを理解したようで、先程サイの部屋で彼と話していた時の様子を思い浮かべる。
「悩んでいたようだったな、何かに」
「やはり…。最近いつ見かけてもどこか落ち込んでいるように見えていたんです。話をしていても、他に気になることがあるのか上の空な時が度々あって…」
姫宮は心配気に庭に視線を移した。
「似ているんです、三年前の旅の最中、覇王と祟り眼に苦しんでいた時の彼に」
旅を通してサイは前向きになり、生きる意思も取り戻した。
しかし今、またあの頃に近い影を抱えてしまっているように姫宮には見えた。
「直接聞ける雰囲気でもないので、アカネに話を…とも思うんですが、彼女とは最近会う事もないですし…」
「アカネ…火明命、だったか。彼女も彼女で忙しそうにしているからな」
いつも側にいるアカネなら、サイの異変にも気付く筈だ。サイも、アカネになら事情を話しているのではないかと思う。
「今しがた話した時は笑ってもいたし、どこか患っているような様子もなかった」
「サイは自分の中の苦しみを、安易に他人に話そうとはしませんから…」
何か悪いことが起きなければ良いが、と、姫宮は不安気に目を細める。
「次にアカネを見た時は、俺も話を聞いておく。だからお前は今は、自分の身の心配をしろ」
疲労がかなり蓄積しているというのに、他人の心配をしている場合かと、雫鬼は諭す。
姫宮は口元に手を当てクスクスと笑い、素直に頷いた。
「わかりました。まだ少し早いですが、今日は部屋で休むことにします」
姫宮は綺麗な所作で立ち上がり、自分の部屋へと一歩進み、振り返った。
「おやすみなさい、雫鬼さん」
「…ああ、おやすみ」
雫鬼は姫宮が廊下の角を曲がるまで見送ると、自分の手の平に視線を移した。
握ったり開いたりしながら、確認する。
先程の討伐でも感じていたことだが、雫鬼からはやはり、鬼の力が消えていっているようだった。
あまり長引くと、戦いにおいて役に立てなくなる。そう思いながら、複雑なため息をひとつ吐いた。
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