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確かにその通りだった。
黄泉とは元来意志疎通などしてはならない。これは絢鷹も承知していた。
しかし。
「…確かに会話はした。けど、それは神への裏切りなんかやない!黄泉から情報を抜き取ろうとしただけや」
それを聞いた右京は眉を僅かに動かし、意見を求めるように千代菊を見上げる。
だが千代菊は尚、口を閉ざしたままだ。
「…それに、神かて間違ってることがあるかもしれへん。ウチらは相手をよく知らんと戦い過ぎてるんや、さっきやっと分かってん。もっと知る必要がある」
「間違いだと?我々神が何を間違っていると…」
「黄泉にも意志はある…奴らの行動にも意味があるはずや。闇雲に殺す前に……少しは耳を貸してみるのも、ええんとちゃうの」
高天原の神々は、古来からの習慣や価値観に囚われ過ぎている。
敵と決めたら敵以外として見ようとしない。和解しようとしない。それは絢鷹もそういう考え方だったが、黄泉の願いを知ってしまった。
「あいつらは救われたいだけなんちゃうん…未練があるから、きっと」
「絢鷹」
千代菊の声が、絢鷹に被さる。声量は決して大きくはなかったが、絢鷹の言葉を止めるには十分だった。
僅かに呼吸を乱しながら、千代菊を見上げる。
「もう良い」
刹那、呼吸を奪われたかのように絢鷹は息が出来なくなった。
たった一言。だがその一言からは幾重もの意味合いを感じ取ることが出来た。
唖然としている絢鷹を余所に、千代菊は右京に右手で合図を出す。
右京もまた苦しげに眉を側め、だがそれを瞬時に押さえ込み、敵意を込めて絢鷹を睨む。
「絢鷹。悪く思うなよ」
右京が指を鳴らすと、上階に三番隊隊士が現れる。部屋の上階四方八方に数十の隊士が並び、全員が弓を構え、矢を絢鷹に向けた。
「なん…で、なんでや!」
「絢鷹、黄泉に感情移入するな。牢で謹慎して少し頭を冷やせ」
千代菊はそれだけ言い、姿を消す。
緊迫した空気の中、右京の頬を冷や汗が伝う。
やがて、切るように腕を真横に振る。
「捕らえろ!」
その言葉と同時に、構えられていた矢が全て放たれた。
四方から飛んで来る矢を絢鷹は宙返りでかわす。
雨のように矢が降り注ぎ、二番隊隊長を襲った。
「…狭い…っ」
絢鷹は室内で逃げ回るのは賢くないと、出口へ向かう。立ち塞がった隊士を気絶させ、会議室を飛び出した。
「追え!殺しはするな」
右京の声を背に感じながら、絢鷹は本部を抜け出した。
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