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内容に反して優しい口調で言う影狼丸に、愁麗も笑みを向ける。
「前にも言いましたよね。命の重さに違いはないと」
黄泉も神も関係ない。
「医術を学ぶ者として、黄泉だからという理由で怪我人を見捨てることは出来ません」
影狼丸が左腕に触れると、傷は綺麗に塞がっている。
「礼を言う。手…すまなかった。考え事をしていたんだ」
頭の中がごちゃごちゃして、苛立っていた。弾いた事を謝ると、愁麗は大丈夫ですと首を振った。
「お前は、初めから理姫だった訳ではないんだな」
「はい。姫の役職も、それぞれ継がれていくもの。先代、先々代を経て、今私が務めています。貴方も、初めから黄泉だった訳ではないのでしょう?」
黄泉は魂だ。
強い未練を残したが故に、あの世へ行くことの出来なかった魂。
生前は、普通に中つ国で生きていたはず。愁麗は当然のようにそう思っていた。
だが影狼丸は苦笑し、目を逸らした。
「どうだろうな。俺は初めから…黄泉だったのかもしれない」
愁麗は首を傾げる。
「それはありません。最初から死んだ魂はいませんから」
影狼丸はきょとんとする愁麗に更に苦笑し、目を伏せる。
「中つ国を生きていたとすれば、ほんの一瞬だ。ほんの…僅かな時間だった」
生と呼べるのかすら分からないほど、僅かな時間。
愁麗はそれを聞き、影狼丸が生まれてすぐに死んだことを悟った。何故黄泉になったのかは分からないが、影狼丸は…生きられなかったのだ。
「今日、俺の…光に会った」
「…光?」
影狼丸は目を伏せたまま、穏やかな笑みを浮かべる。どこか苦しげで、どこか優しい…そんな笑みだ。
「"サイ"としての人生を、しっかり歩んでいるようだった。普通の人間ではなかったがな」
サイが誰で、何の話をしているのか愁麗には分からない。だが何も言わず、ただ影狼丸の言葉に耳を傾け続けた。
「幸せそうにしていた。そんな姿…俺は見たくなかった……何故、あいつが…」
幸せそうなサイの姿を見ていると、妬みの感情が生まれた。
憎いと思ってしまった。だが本当に憎い訳ではない。
色んな思いがごちゃごちゃになって、影狼丸は再び苛立ちを覚える。
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