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黄泉の本拠地。
燃えるように揺れる闇から姿を現した影狼丸は、腕から滴る血も放ったままいつもの椅子に座る。
長い机には誰も着いておらず、この敷地では所謂広間にあたるこの部屋も静まり返っていた。
机についた腕を血が伝い、少しずつ机の上に赤が広がっていく。
影狼丸はそれすら目に入ってはいないのか、眉を側め、苦しげにため息を吐いた。

「何故…お前なんだ…」

人間と妖が邪魔をしているということは知っていた。だがそれがまさかサイだとは。
影狼丸はまたひとつ重い息を吐く。
よりによって、何故。
影狼丸にとって、サイは最も見えたくない存在だった。
サイは影狼丸を知らないと言っていたが、影狼丸にとっては忘れ難い存在なのだ。

「覚えていなかったのは、好都合と捉えるべきか…」

どうしても、サイを見ていると辛くなる。思い出してしまう。
机に両肘を着き、指を絡め、額を預けるように顔を伏せる。
隣で扉が開く音がしたが、影狼丸はそちらを見ることはなかった。

「今、来るな。邪魔だ」

入ってきたのは愁麗だった。
顔を上げずとも、気配で何者かは分かる。影狼丸は低く言い、蹴散らそうとする。
だが愁麗は影狼丸の腕から血が滴るのを見て、眉を側め近寄った。
怪我をしている左腕に手を伸ばそうとしたが、影狼丸は腕を振りその手を弾いた。

「触るな」

弾かれた手が痛むが、愁麗はきゅっと唇を結び、真っ直ぐ影狼丸の横顔を見つめる。

「血が、出ています」

影狼丸の左斜めの椅子を引っ張り、影狼丸の隣に座った。未だ顔を伏せたままの影狼丸は、まるで黒い狼がうなだれているかのようだ。
愁麗は斬られた着物の裂け目から覗く傷口に手を当て、目を閉じる。
傷口に当てた手が淡い緑色に輝き、傷を塞いでいく。…治癒術だ。
影狼丸はその温もりを受けてようやく、愁麗を見る。

「お前…治癒術が使えたのか」

「はい。理姫になる前は、私は医療を学んでいましたから」

愁麗は目を閉じたままそう答えた。やがて傷口が塞がったのを感じると、手を離し、目を開ける。

「人を寄せつけたくないのなら、何も聞きません。でも、怪我をそのままにしておくのはやめてください」

説教じみた物言いに、影狼丸は些か目を丸くする。
やがて、呆れたように目元を緩めた。

「捕虜の身で何を言っている。しかも敵の傷を癒すなど…お人よしなことだな」





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