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「隊長…隊長!」

前を歩く背を追いかけ、絢鷹は小走りで近付いた。癖のない長い黒髪がくるりと弧を描き、隊長と呼ばれた男は振り向く。
男の表情は柔らかく、絢鷹に向ける眼差しも穏やかだった。

「ん、どうしたんだい?絢鷹」

「今日はご指導ありがとうございました。雪平(ゆきひら)隊長に直接指導して頂けて、勉強になることばかりでした」

部下からの憧れと尊敬の眼差しに雪平は微笑み、頭を撫でる。

「絢鷹は筋が良い。忍耐を司る神というのも、正に忍向きだ。お前はこの先…どんどん伸びるだろうな」

褒められた事が純粋に嬉しくて、絢鷹は照れ笑いを浮かべる。二番隊の副隊長に就任して暫く経つが、まだまだ至らないところだらけだ。
そんな絢鷹の失敗したところ、至らなかったところを直ぐに助け、補助してくれるのはいつも隊長の雪平だった。
絢鷹にとって雪平は憧れの更に上を行く存在であり、同時に越えたい相手でもあった。

「そうだ絢鷹、私の部屋で茶でも飲まないか?」

「ほんまですか?」

にっこりと微笑み、ついておいでと部屋まで歩いていく。
が、その直後雪平の足元の床が沈み、武器が飛び出した。

「うわ、っ!…と、忘れてた。ここは罠があったんだったな」

「もう…何回目ですかー?」

「ははっ、どうにも覚えられなくてなぁ」

恥ずかし気に頭を掻きながら、雪平は笑う。困ったものだと絢鷹も笑い、雪平の部屋に入った。
仕事の時はキレのある動きと卓越した忍術で隊を導く優れた隊長なのだが、どうも仕事以外の場面ではおっちょこちょいというか、天然だった。
長らく住まうこの忍屋敷の仕掛けさえ、未だ覚えていない。
だが何があってもいつも笑って済ませる雪平は、呑気だが人柄も良く、隊員からも好かれている。最初こそ驚きはしたが、絢鷹も直ぐに雪平という男が好きになっていた。

「ウチ、最初はびっくりしたんですよ。忍の隊長がこんな気さくな人やったってことに」

雪平に淹れてもらった茶を飲みながら、絢鷹は言う。
雪平は少し笑い、羊羹の包みを広げながら口を開いた。

「忍は影の者。氷の心を持たなければならない、感情は不要だ。どれだけ冷酷非情と言われようとね」

羊羹を皿に移し、向かい合う二人の間に置く。

「でも私は、忍だからといって全ての感情を殺す必要はないと思っている。今のように穏やかな時は、笑って過ごしたいだろう?」

鳥が囀る庭に目をやり、絢鷹は頷いた。

「仕事以外の時は、泣いたり笑ったりして生きてもいいと思わないか?」

「…そう、思います」

絢鷹は微笑み、深く頷いた。
この時の雪平の言葉は、絢鷹の忍の在り方に大きな影響を与えた。
絢鷹は忍でありながら、普段どちらかと言えば喜怒哀楽がわかりやすい方だが、それは自分の感情を無理に抑えようとしていないが故だ。
今の絢鷹の"忍"の部分の多くは、こうした雪平の言葉によって作られていった。





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