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絞り出すようにして紡がれた言葉は、苦しげな響きをもってサイに届いた。
やはり、影狼丸はサイのことを一方的に知っているようだ。サイ自身も、記憶にはないが魂が覚えているような不思議な感覚だ。
「もういい…問答は終わりにしよう。退いてもらうぞ、サイ!」
目を見開いた影狼丸の足元から、影とも闇とも取れる漆黒の炎が舞い上がる。
その炎に異様な脅威を感じたサイは、このままでは勝機はないと眼帯に手を伸ばす。
斬り込んできた影狼丸の刀を受けた月夜叉が蒼い炎を吹き上げた。
「…!」
黒い炎と蒼い炎が包んだ刀身は、唸るようにせめぎ合う。
サイの右眼を見た影狼丸は、動揺に目を見開いた。金色の眼は異端の証。
そして、人でありながら神の炎を操る力を持つ。
サイは影狼丸が動揺した一瞬の隙を突いた。刀を弾き、素早く繰り出した一撃が影狼丸の左腕をとらえる。
影狼丸も咄嗟に飛び退いた為か、そう深くは斬れていない。
だが、斬れた袖からは血が覗いている。
影狼丸は斬られたことよりも、サイの右眼のことが気になるようだった。
じっと右眼を見つめ、そして次にサイの髪を見る。
「…そうか」
やがて納得したように呟き、刀を下ろした。
「お前も、普通の人間としては生まれられなかったんだな」
真っ直ぐに見つめ、影狼丸は言う。
サイは目を細め、その言葉の意図を探ったが、なにも浮かび出てこない。
「何を言っている…?」
「中つ国の普通の人間が、銀色の髪を持って生まれることは決してない」
神や妖であれば別だ。
だがただの人間が銀糸の髪を持って生まれることは有り得ないと、影狼丸は言った。
「俺は間違いなく人間だ」
そう返した直後、右眼が疼く。
反射的に右眼を押さえたサイに、三年前の記憶が蘇った。
-お前は、本当にただの、人間か?-
覇王…朱雀が死の直前に遺した言葉だ。
今になって思い出すなど、何故…。サイは右眼を押さえたまま、影狼丸を見る。
人間のはずだ。妖ではない。その血が混じっているとも思えない。しかしサイは、自分の生まれも両親も知らなかった。断定出来るものはない。
それに、覇王の言葉と影狼丸の言葉が偶然発せられたとは思い難い。
戸惑いと混乱の中、答えを導き出そうとするサイに、影狼丸はひとつ、息を吐く。
「興が覚めた。一旦引く」
影狼丸は足元に闇を広げ、身を沈めていく。
サイはハッとして、影狼丸に走り寄る。
「待て影狼丸!」
「…サイ、もう…手向かうなよ」
どこか悲しげに言い残し、影狼丸は姿を消した。
「………」
立ち尽くすサイに、アカネは静かに歩み寄る。
「サイ、取り敢えず戻ろ?怪我人も手当てしなきゃ」
サイだけではなく、アカネも混乱していた。
一連の中には不可解な疑問がいくつも残ったが、とにかく黄泉は消えた。
まずは戻ってから考えようと言うアカネにサイも賛成し、手分けして怪我人を連れ帰った。
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