3


姫宮には確かに、妖化した者の鬼を消す力がある。それは、姫宮自身ではなく漣によるものではあるが、一度妖化した人間を救ったこともあった。
鬼を払う力を持っているのだ。
意識して使わずとも、影響があるのだろうか。

「私が側にいる時に、痛みや苦しみはありますか?」

浄化される側のことは分からない。痛みを伴うのかもしれなければ、気分の悪くなる感覚がするのかもしれない。
姫宮の身を案じる発言に、雫鬼は首を振る。

「そういうものは何もない」

「そうですか…」

姫宮はほっと胸を撫で下ろす。
その優しい心に触れ、雫鬼は穏やかに微笑んだ。

「雫鬼さんが…人間に戻れるかもしれないんですね」

再び人として生きることが出来る。犬神山に隠れるようにして生きる必要がなくなる。好きな場所に自分の意思で行くことが出来るようになるかもしれないと、姫宮は嬉しそうに言う。

「迫害されることも、なくなると思います」

人間だったとはいえ、鬼が人間と暮らすことは難しい。異端者に対する人間の態度は、時に妖よりも恐ろしく、冷たい。その辛さを身をもって知っている姫宮は、心底嬉しそうだ。
そんな姿に、雫鬼は目を細める。

「お前は…何故そこまで他者を思いやれるんだ」

今は敵対していないから余計なのかもしれない。だが姫宮は敵に対しても同じように優しさをもって接する。
そうまでして他人を思いやれることが出来るのが、雫鬼には不思議でならなかった。

「そう言う雫鬼さんも、同じじゃありませんか」

姫宮から返ってきた返答は、予想外の更に上をいくものだった。

「なに?」

眉を側める雫鬼に姫宮は微笑む。

「雫鬼さんも、他者を思いやる心をお持ちだと思いますよ」

雫鬼自身に自覚はないのだろうが、端から見ていればわかると姫宮は言った。
面倒見が良く、助けを求める人を放ってはおけず、他人の為に身を削るような行動までする。
姫宮に言わせれば、身を削ってまで他者を思いやる雫鬼の方が、少し異常だ。

「そんなことは…」

「あります、見ていればわかります」

きっぱりと言い切る姫宮に困り笑いを浮かべる。
この三年間ずっとそうだったが、姫宮には口で言い負かされてばかりだ。彼女は優しく温厚だが、芯は絶対に曲げない。
どちらかと言えば口下手な雫鬼が勝てる相手ではなかった。
やれやれ…とため息混じりに苦笑を浮かべる雫鬼に、姫宮も肩を揺らす。




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