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麗らかな昼下がり。
月読に与えられた屋敷の一室で、雫鬼は鏡を見ていた。
黒に金で菊の描かれた折り畳み式の小さな手鏡は、人間であった頃から持っていたものだ。

「………」

鏡に映る自分はいつもと何ら変わりない。だが雫鬼は、この数年で確かな変化を感じ取っていた。見た目に分かるものではないが、その変化は確信的なものだ。

「…弱まっている…のか?」

「雫鬼さん、こちらにいらしたのですね」

独り言を呟いた直後、廊下から声が掛かった。薄紅色の柔らかな髪に、優しい紫の瞳。姫宮だった。
開け放たれていた障子の外の廊下を歩いていた姫宮は、雫鬼に歩み寄り、側に正座する。
雫鬼の第一印象から既にそうだったが、姫宮はとても礼儀作法に秀でていた。所作も丁寧で物腰柔らかい、女性らしい印象は今も変わらない。

「何をしていたんです?」

鏡を手にした雫鬼を見て、姫宮は何気なく問い掛け、首を傾げた。
雫鬼は鏡を閉じ、懐にしまい込む。

「鏡を見ていただけだ。変か?」

「いいえ」

細かい理由を言わずにそう返した雫鬼に、姫宮は微笑み首を振った。

「雫鬼さんは髪を切ってしまってから、少し印象が変わりました」

ふと、姫宮はそんなことを口にする。
唐突なことだったが、鏡を見ていた雫鬼を見て、見た目のことを口にしたのだ。
三年前は腰までの長さだった髪が、今は項を隠す程度だ。印象が大きく変わっても無理はない。

「短いと、どう見える」

「長かった頃よりも、親しみやすくなったかもしれません」

「それは…単に俺があの頃敵だったからではないのか」

姫宮の返答に、雫鬼は含み笑いで言う。三年前覇王に仕えていた頃は、サイを始め姫宮にも勿論敵意を持っていた。近付き難く、親しみを持てないのも当たり前だ。
今こうして静かに話をしていることは、思えば不思議なことである。

「それだけではないと思いますよ」

「?」

「とても、優しくなられたと思います」

悲しみを怒りに変えて戦っていたあの頃とは全く違う雰囲気を纏っていると、姫宮は言う。

「優しく…か、そうであればいいな」

雫鬼はふと、三年前にサイに敗北した時のことを思い出す。
戦いにより負傷した雫鬼の傷を癒したのは他でもない姫宮だった。
『悲しみを、今度は怒りではなく優しさに…貴方なら、きっと変われます』
あのとき姫宮は、そう言っていた。




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