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影狼丸は驚き僅かに目を開く。
神というのは、黄泉を一方的に虐げ、殺している者達だ。
神の口から、黄泉の死を悼む言葉など聞いたこともなかった。
影狼丸はゆっくりと膝を折り、愁麗の檻の前に片膝を着く。

「お前は俺達が疎ましくないのか」

その言葉に愁麗はようやく、影狼丸の目に視線を合わせた。

「何故疎むのですか…?」

鈴が転がるような、美しい声色。
それはさも当然のように紡がれ、影狼丸の耳に届いた。

「お前は神だろう、ならば…」

「同じ世界に住まう者に…差や壁はないと、私は思います」

高天原は何も、神だけのものではない。愁麗はそう続ける。

「陰があってこその陽。逆もまた然りです。貴方がた黄泉あってこその神…またその逆も然りだと思いませんか」

「………」

影狼丸は戸惑い、視線を砂地に落とす。
愁麗は僅かに右に首を傾け、微笑んだ。

「貴方は優しい人ですね」

「お前に何が分かる」

「分かります………分かります」

一言めは影狼丸に、二度目の一言は、かつて愛した人物に向け紡がれた。
不器用で口下手、だがその心はとても優しく脆い。影狼丸は、愁麗の過去の中の人物によく似ていた。

「優しさを持たない方が、仲間を思うでしょうか。…そんな風に、心痛めた顔をするでしょうか」

リンカに瀕死の怪我をさせたことを、影狼丸は悔いていた。リンカの気配が揺らいだのを感じいろはを向かわせたが、間に合ったとは言えなかった。
神との戦いに慣れさせる為だと黄泉達を差し向けてはいるが、その一人が欠ける度、影狼丸の心には鉛が落ちる。
それは影狼丸にとって当然の感情だった。黄泉達は全て同胞であるのだから。

「…愁麗」

初めて名を呼ばれ、愁麗は目を丸くする。が、すぐに穏やかな笑みを浮かべ、はい、と返事をした。

「手荒な真似をしてすまない。お前に恨みがある訳ではないんだ。だが目的の為には、こうしなければならない」

暗く冷たい地下に監禁していることに対して、影狼丸の口から謝罪の言葉が出るとは思わなかったのか、愁麗は再び目を見開いた。
そして、視線を落としたままの影狼丸に近づき、柵の隙間から手を伸ばす。
砂を握るように置かれていた影狼丸の手に、そっと自分の手を重ねた。

「……!」

「貴方は最初から、優しい人でした」



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