影熊が手を着いた場所から、大地に亀裂が走る。固い荒野がぐらぐらと揺れながら裂け、地割れが勢い良くリンカのもとへ向かった。

「!」

飲み込まれまいとその場から飛び退くリンカを見、手を着けたまま影熊は笑みを浮かべた。リンカが着地すると、その真下から岩が牙のように突き出し、リンカを囲むように数本生える。

「な…っ!」

「僕は元々大地を操る力を持ってるんだよ」

驚き目を見開くリンカが言葉を発する前に、影熊は立ち上がり右腕を振った。
それを合図に、そびえ立つ牙のような岩の檻はリンカを潰すように内側に抉り込む。短い悲鳴と共に、リンカの周囲は砂埃が舞った。回避出来てはいない。影熊は確かな手応えを感じ、砂埃が治まるのをじっと待った。
やがて土煙から見えてきたのは、岩が崩れて重なり合った石の山だ。積み重なったごろごろとした石の隙間から、赤い液体が流れている。リンカの血で間違いないだろう。
影熊が瓦礫に近付こうと一歩踏み出した時、猛烈な風が影熊を遮った。突風は石をも転がすほど強く、瓦礫の石をいくつか転がした。
顔を腕で覆った影熊は、風が治まると同時にその手を降ろす。

「!」

「あーあー、大丈夫かァ?」

瓦礫の側に男が一人立っていた。その独特な口調には、影熊も聞き覚えがある。出雲に憑いていた黄泉と同じだ。

「いろは…」

確かそう名乗っていた。
いろはは一瞬影熊を見たが、瓦礫を退かし、リンカを引っ張り出す。気を失ってはいるが、どうやら生きているようだ。
いろはは血の滴る彼女を抱き上げ、影熊に背を向ける。

「うちのお嬢様をこんなにした責任は、いつか体で払ってもらうからなァ」

「何言ってんの?アンタ達にはまだ聞きたいことがあるんだよ」

逃がすまいと地を蹴るが、いろはが足元に闇を広げ、そこに潜るように姿を消す方が早かった。いろはとリンカを飲み込んだ闇は、水が染みていくかのように大地にするりと消えていく。
それを見届け、影熊は短く舌打ちをした。

「拘束する絶好の機会だったのに…」

黄泉の情報が少ない今、リンカを捕らえることが出来れば神達も格段に有利に戦えただろう。
影熊は悔しげに眉を側めるが、内心面白がってもいた。逃がしたことは惜しいが、それにより影熊の闘争心に火が点いたようだ。

「次は逃がさないから」

辺りは屍と血溜まりで、生き物の気配の全くない中、影熊はひとり居住区へと踵を返した。



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