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ありったけの気持ちを込めて口にした一言は、ちゃんと伝わったらしい。二人は微笑み、頷いた。そして姫宮に向き直る。
「姫宮も・・本当に世話になった。」
サイはもう一度頭を下げた。彼女がいなければ、左腕は無くなっていた。
「いいえ、力になれて良かったです。」
「えぇ?!もう姫宮とお別れ?!」
「アカネ、我侭言ってんな。・・・姫ちゃん、なんかお礼出来る事とかねぇか?」
姫宮は少しの間考える仕草をして、何か思いついたのか小さく頷く。
「では、私を連れて行ってくれませんか?」
「「・・・は?」」
サイと焔伽の声が見事にハモる。それに対してアカネは満面の笑顔で姫宮の腕に抱きつく。
「いいよいいよ!大歓迎!」
「ちょ、待て!姫ちゃん、本気か・・・?」
冗談だよな?と、焔伽は身を乗り出してぎこちない笑みを見せる。
「勿論、本気です。」
「さっきも話したが・・・覇王を追う旅だぞ。確かに姫宮がいてくれると助かるが・・・危険極まりない。巻き込む訳には・・・」
「承知の上です。」
サイが言葉を発しようとした瞬間、部屋の扉が開き、夢告が飛び込んできた。
「姫宮様、なりません!」
犬神は非常に耳が良い。話が聞こえたのだろう、夢告は姫宮を見つめて首を振る。
「姫宮様が素性も知れぬ人間と旅など・・・!言語道断です!旅の途中何があるかも分かりません!ましてや覇王など・・・絶対に駄目です。」
「夢告、心配は有難いですが、もう決めました。止めても無駄です。私はここ十年、この山から一人で出た事がありません。外の世界を知りたいのです。」
それでも夢告は引きとめようとするが、姫宮は一向に引かない。途切れる事の無い言い合いを、三人は只ぼーっと眺めていた。
「・・・・・・それが・・・ご意思であるのならば・・・・」
数分の口論の末、大きなため息をついた夢告は、しぶしぶ姫宮の旅を認めた。姫宮は上機嫌に振り返り、笑顔を見せる。
「姫ちゃん、強ェ・・・」
サイとアカネは唖然としながら頷いた。姫宮は預かっていた武器を三人に返す。
「・・・それで、私はついて行っても宜しいのですか?」
「あたしは全然OK!」
サイと焔伽はお互いに目を見合わせ、恐らく姫宮との口論には勝てないだろうと思い、頷いた。
「サイ、と言ったか。姫宮様を頼んだぞ。もし何かあったら・・・我等一族が許しはしない。」
今にも牙が見えそうな勢いで凄む夢告に、俺の責任なのか、とため息をついた。姫宮は夢告に振り返り、両手を腰に当てて少しだけ前かがみになる。
「心配には及びません、自分の身は自分で守ります。」
「やった!女の子一人で寂しかったんだぁ!」
アカネは再び姫宮の腕に抱きついて嬉しそうに言った。
「嘘付け。」
「ムッ、焔伽には乙女の気持ちは分かりませんよーだ!」
「乙女、ね・・・・」
サイはため息交じりに呟いた。
「酷っ!サイが一番酷い!でもいいもん、これからは姫宮がいるもん。」
姫宮は面白そうに笑って頷き、庭へと視線を移す。先ほどまで降っていた雪はすでに止み、暖かな日差しが輝いていた。
「では、雪の止んでいる今のうちに、山を降りましょう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
屋敷の外で待っていた犬神一族が再び背に乗せて麓まで運んでくれたお陰で、山を下りるのは簡単だった。夢告から姫宮の旅を聞かされた犬神は、尻尾と耳を下げて寂しそうな目をしている。
「そんなに悲しまないで。必ず戻りますから、それまで山をお願いします。」
優しく銀色の毛並みを撫でると、気持ち良さそうに目を閉じて擦り寄った。姫宮は笑顔を向け、夢告を見つめた。
「行って参ります。」
「どうか・・・どうかお気をつけて。」
「世話になった。」
夢告はサイを見て頷いた。そして四人は犬神達と太陽に背を向け、歩き出した。山が遠ざかるまで、犬の遠吠えが辺りに響いていた。
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