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薄い明かりの元、サイと姫宮は眠っている二人を起こさないように、小声で話をしていた。姫宮は今までのいきさつや、アカネと焔伽の様子・・・サイが眠っていた間の事を話した。
「そうか、そんなに・・・」
「お二人とも自分の怪我には全然構わずに、ずっと貴方の事だけを訴えてました。」
いい仲間をお持ちですね、と姫宮は微笑む。サイも目を伏せて頷いた。そして姫宮を見て僅かに首を傾げる。
「姫宮は人間・・・だよな?」
姫宮はその問いに二、三度瞬きをして、頷いた。犬神という妖の一族の中に只一人の人間で、本来妖しか使えない治癒術まで扱えるという事は、サイにとって疑問だった。
「私は確かに人間です。ただ違う事がひとつ。私の中には、かつての犬神の頂点であった霊王の魂が宿っています。」
「霊王の生まれ変わり、か?」
「いいえ、私が胎児であった頃に、霊王の魂が私の母の中に・・・私の中に入ったと聞いています。ですから私は、人間である私の魂も持っています。つまり人間でありながら、犬神の魂を宿しているという事です。一つの器に二つの魂・・・奇妙な話でしょう?」
「・・・いや。」
肯定されると思っていた姫宮は、予想外の否定に少し驚いた様子。
「選ばれたんだな、姫宮なら霊王を継いで犬神を率いていけると。」
姫宮はほっとしたような、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「『人間で』私の存在に疑問や反感の言葉をかけなかったのは、両親を除いて貴方が初めてです。」
それを聞いただけで、姫宮がこの山に来る以前の過去が読み取れた。恐らく、随分と苦労したのだろう。「異端者」に対する人々の扱いは、時に妖よりも残酷で恐ろしい。
「貴方は、祟り眼ですね。」
全く疑う様子なく言う。サイは黙って頷き、申し訳なさそうに顔を背けた。
「すまない、俺みたいな存在がこんな所まで上がってくるなんて。」
姫宮の位置から、包帯で隠した右目が見えないようにする。人間だろうが妖だろうが、祟り眼は災厄の原因のひとつでしかない。関わりたくは無いモノだ。
「サイ、私はそういう事を思って口にしたのではありません。」
心の奥を見透かしたような発言の姫宮。赤い左目に彼女を映す。
「よろしければ、見せて頂けませんか?」
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