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姫宮の作業は一晩中に及んだ。治療の終わったアカネと焔伽は邪魔にならない程度の位置に座り、時折アカネが水を染み込ませた手拭いでサイの顔や首を拭き、声をかける。
「姫ちゃん・・・大丈夫か?」
額に汗を滲ませ、何時間も休憩一つせずに一点に集中している姫宮の身を案じて焔伽は訊ねる。
「大丈夫です。あと・・・少しですから。」
傷に触れる姫宮の手は光に包まれ、傷口の方から徐々に肌の色が正常に戻っていく。アカネはそれを見て息を呑んだ。「解毒は不可能。」そう言われた毒を彼女は中和しているのだ。やがて、ジュッという音と共にサイの腕は指先まで正常な肌に戻った。姫宮は力を抜いて息を吐き、術で傷口を塞ぐ。
「・・・・凄い・・・」
姫宮の手の動きをじっと見つめるアカネを見て、微笑みを浮かべる。
「もう大丈夫。腕の毒は完全に浄化しましたから。」
「流石は姫ちゃん、だな。」
姫宮は腕以外の傷を診る。そしてサイの火傷を見た瞬間、手を止めた。
「どうしたの?」
「・・・これ・・・この火傷は・・・」
普通の火傷とは違い、赤く腫れるのではなく、黒い痕が残る火傷。それは黒狐の狐火の特徴だった。
「この火傷は、誰が?」
「狐暮って奴だ。稀に見る黒狐だったぜ。」
「狐、暮・・・」
一瞬目を見開き、何かを考え始めた姫宮をアカネは不思議そうな目で見る。
「姫宮・・・?」
「・・・生きてた・・・」
姫宮はほんの少しだけ泣きそうな顔をして、まるで安心したように呟くと、その火傷を治した。
「傷の治療は終えました。本当に、もう大丈夫。じきに気がつくでしょう。」
姫宮の笑顔を見て、アカネはそっとサイの頬に触れる。
「良かったぁ・・・サイ、もう苦しんでないよ・・・」
呼吸のリズムが落ち着きを取り戻したのを見て、安堵の為か涙が溢れた。慌ててそれを拭うと、焔伽と一緒に頭を下げた。
「ありがとう・・・!」
「・・・・いいえ。」
姫宮は二人を見つめて微笑み、優しい声色で言った。そして二人は顔を上げ、お互いを見て笑った後、同時にその場に倒れこんだ。張り詰めていた緊張の糸が切れ、ここまでの疲れも重なって、二人は寝息を立てていた。姫宮は目を丸くし、クスクス笑う。
「あらあら、こんな所で眠っては、風邪を引いてしまいますよ。」
同じ部屋にいた犬神に合図し、掛け布団を掛けさせる。
「お疲れ様でした、姫宮様。お体の具合は如何ですか?」
「異常ありませんよ、夢告。・・・・しばらく、他の犬神達と席を外してくれませんか?」
「しかし・・・」
「大丈夫、もう分かるでしょう?この方達は貴方が思っているような人間ではありません。」
夢告は眠っている三人を見て、姫宮に一礼すると犬神を連れて部屋を出て行った。それを見送った姫宮は静かに立ち上がり、外の雪を眺める。その瞳は、どこか遠くを見ていた。
「貴方は今・・・どこに・・・」
冷たい空気から守るように両手を胸の前で握る。そして今もどこかにいる『彼』に問う。
「また、大怪我をしてはいませんよね・・・・」
不安気に目を閉じ、大きく息を吐いた。それとほぼ同時に、人の気配を感じた姫宮は部屋へ戻る。先ほどまで意識を失っていたサイが目を覚まし、体を起こしていた。
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