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「・・・・・・。」
男は黙って右腕を振り、サイは瞬時に間合いを取る。鮮血が溢れる左手を見、腕を伝う血を舐め上げた。この男程力のある妖なら、あんな傷二、三日で治ってしまうだろう。
「少しはやるようだな・・・・これならまぁいいだろう。」
「何・・・?」
男はサイの右目を見て薄っすらと笑みを浮かべた。
「お前は一体・・・・」
「サイ!!」
呼ばれた瞬間、左腕に傷みが走る。腕を押さえて地面を見れば、太い針のような物が突き刺さっている。後ろにいた焔伽とアカネがサイの方へ飛び退いてきた。振り返れば、二人の立っていた位置を赤い煙が包んでいる。
「何だ・・・?!」
「新手さんだぜ。美人な女妖怪サービス?」
焔伽は二本の刀を順に振り、衝撃波で煙を吹き飛ばした。煙が晴れた先には、一人の赤い女が立っていた。女の手の動きと共に飛んでくる針をアカネはバク転でかわす。針の刺さった地面は蒸発するような音を立てて僅かに溶けた。
「・・・・チッ」
サイと向き合っていた男は女の姿を見て眉間にしわを寄せた。
「まさか、先客がいるとは思わなかったわ。想定外ね。こんな所で何をしているのかしら、狐暮(こぐれ)。」
女はサイが先ほどまで戦っていた男に向かって言った。
「俺が何処で何をしていようが俺の勝手だ、美蠍紀・・・・お前に指図される筋合いは無い。」
サイは狐暮にも意識を配りながら黙って美蠍紀に刀を向ける。美蠍紀はつまらなそうにため息をつき、焼け焦げた周辺の木々を見渡した。
「派手に暴れてくれちゃって・・・私の楽しみが無くなったわ。」
「そりゃ、残念だったな。」
視線を合わせず、どうでもよさそうに口にする狐暮を睨み、針を数本飛ばす。狐暮は舞うようにそれを避け、側にあった岩の上に着地した。
「面倒な女だ・・・サイ、勝負は預けた。」
「なっ・・・待て!」
サイが一歩踏み出すのと同時に漆黒の狐火と共に狐暮は姿を消した。
「さて。」
声にサイが振り返ると、美蠍紀は針を指の間に滑らせて遊んでいる。
「せっかく貴方と遊んであげようと思ったんだけど、興をそがれちゃったわ。」
「・・・っ!」
腕の痛みに顔をしかめ、傷を押さえたサイを見て微笑む。
「痛いかしら?私の毒は強いから。解毒は不可能・・・死にはしなくても、数日で左腕は腐り落ちるわ。フフッ、覇王の腕の仕返し。」
楽しそうに話す美蠍紀を睨む。今の話に嘘は無いらしく、傷口は焼けるように痛い。先ほど狐暮にやられた火傷とは、また別の熱さだった。額から汗が流れる。
「サイ・・・!しっかりして・・・!」
アカネはサイに駆け寄り、体を支える。その様子を見て痺れを切らした焔伽は刀を一振りして風刃を放つ。風の刃は美蠍紀の頬を掠り、血が流れた。
「女の顔に傷をつけるなんて、酷いわね。」
「ンなもん跡形も残らねぇだろうよ。で、どうすんだ?やるのか、やらねぇのか。」
刀を構える焔伽を見て美蠍紀は肩を竦め、手にしていた針を片付ける。
「やらないわ。弱った人間を庇いながらの男を相手にしたって楽しくないもの。」
そう言って手のひらに乗せた粉を吹く。毒煙が美蠍紀の周りに広がり、煙と共に姿を消した。
「フフフ・・・精々苦しむがいいわ。」
遺された言葉に舌打ちをすると、焔伽もサイに駆け寄る。毒が回り始めているのか、地に膝をついたサイの体は熱く、息も荒い。
「サイ・・・」
「アカネ・・・触るな、どんな毒か分からない。」
サイは傷に布を当てようとするアカネの手を遮った。布だけ受け取り、自分で腕にきつく巻きつける。左腕はすでに強い熱を持っていた。
「こりゃ・・・怖ェだの何だの言ってる暇はねぇな。」
「えっ・・・?」
アカネは焔伽を見上げる。一息ついて、アカネの目を見た。
「犬神山に入る。」
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