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日が完全に姿を隠し、夜が訪れた。
焔伽と巴は縁側に腰かけ、サイとアカネは二人と向き合う形で庭に立っていた。

「私は今夜いくわ。」

静かに告げられた言葉はサイと焔伽の心に強く響いた。アカネは一人、理解できていない様子で首を傾げた。

「どこかに行くんですか?」

「私がこうして、自我を保っていられるのもあと数日。あと数日で、私は焔伽や貴方達を傷つけるだけの化け物になってしまう。そうなる前に、私は霊力でこの世を去ります。」

「そんな・・・」

「・・・泣かないで、アカネさん。貴女は笑っているのが一番似合うわ。」

巴はそっとアカネを抱きしめ耳元で囁いた。

「・・・息子を、宜しくお願いします。」

アカネは目を見開き、巴の肩に顔を埋めた。涙声にならないよう必死に堪えながら短く「はい。」と返事をした。何度か背中を擦ってアカネを落ち着かせると、その手を離し、焔伽の方を見て言葉を遺す。

「焔伽、お前には今まで、苦労させてしまったわね。こんなに人里から離れた場所で、私のためにずっと側に居てくれた・・・・本当にありがとう・・・年頃だというのに、ろくに自分のやりたい事も出来なかったでしょう?・・・・これからは自分の思うままに、自由に生きて、幸せになってちょうだいね。」

「お礼を言いたいのは、俺の方です。今までこんな俺を育ててくれて・・・有難う御座いました・・・先生・・・いや、母さん・・・!」

焔伽は深く頭を下げた。巴は嬉しそうに微笑み、一つ付け足した。

「お前は優しい子だから・・・大切なものが傷付く事で自分も深く傷付いてしまう。全てを一人で抱え込んでは駄目よ?」

「・・・はい。」

巴は幼い頃よくしてやったように、優しく頭を撫でた。俯いたままの焔伽は、泣いているのか、少し涙声だった。

「それから・・・サイ。」

「はい。」

左目で、巴の右目をじっと見つめた。翡翠の瞳は、これから言おうとしている事を伝えてくれているようだった。

「最後にお前に会えてよかった・・・立派に成長してくれてありがとう。これからの人生、きっと苦難が絶えないと思うけれど・・・諦めないでね。自分自身を大切にして、お前にとっての幸せを見つけてちょうだい。何があっても命を粗末にしては駄目よ。」

「はい・・・・先生・・・」

巴は目を細めて星空を見上げた。幾千もの星が輝いて、空は明るかった。

「呪いによって得た力が、先見でよかったわ・・・お陰で、自分を失う前に・・・貴方達を傷つける前に逝ける。・・・・・今から、会いに行きますね・・・・晋介様。」

巴がゆっくりと目を閉じると、全身を淡い緑の光が包んだ。光が大きくなっていくかわりに、巴の姿が徐々に薄れていく。三人はただ静かにその光景を見ていた。完全に消える前に、巴は祟りも何もなくなった元の綺麗な顔で微笑んだ。

「ありがとう・・・私の子供たち・・・」

その声と共に巴はいくつかの緑の光の玉となって空へと消えていった。三人はその場に立ち尽くし、光が見えなくなった後もずっと、空を見上げていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・行って来ます、先生、師匠。」

家の裏に並べられた二つの墓に花を供え、焔伽は一礼すると井戸の前で待っていたサイとアカネの元へと歩いた。

「いいのか?俺達と一緒に来て。」

「あ?何言ってんだよ、アカネだけじゃお前の面倒なんてみきれねぇだろ。」

「そうそう、焔伽がいてくれると助かるわー!」

「・・・俺の苦悩が増えるような気がしてきた・・・・」

サイが呟くと二人は笑い、暖かな日差しが差し込む故郷に背を向けて歩き出した。



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