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井戸の側で手を離し、木に背中を預けた。アカネは家の方を見て呟く。

「ね、あの人・・・」

「あの人は、巴(ともえ)さんっていうんだ。ここで俺達を育ててくれた、俺達にとって母親のような存在。」

焔伽の目は、どこか遠くを見ているようだった。

「早くに両親を亡くした俺達は、ここに引き取られた。家の裏に墓が見えるだろ?あそこには父親が眠ってる。」

アカネが目を向けると、花の供えられた墓が一つ、優しい木漏れ日を浴びていた。

「父の名は晋介。俺達はあの人から剣術を学んだ・・・師匠とも呼ぶべき人なんだ。」

一息置いて、焔伽は視線を空へ移す。アカネは立ったまま黙って話を聴いていた。

「俺らがちょうど12歳くらいの時、大蛇がここを襲った。そりゃあでかい蛇で、人間なんか10人を一度に食えるって大きさだった。そいつが中々厄介な奴で、呪い付きだったんだ。師匠はそいつと戦い、命を落とした。先生は霊力の強い人で、師匠との戦いで瀕死の状態だった大蛇に止めを刺した。・・・・呪い付きに止めを刺すとどうなるか・・・アカネも知ってんだろ?」

アカネはぎこちなく頷いた。無意識に震える手をぎゅっと握る。

「・・・・それじゃ・・・巴さんは・・・・」

「あぁ、大蛇に左目を祟られた。もう6年も前だ。祟られた人間は、祟った妖の能力の一部を使う事が出来るようになる。先生が得たのは、『先見』だ。未来が見える。」

「だからさっき・・・ここに来る事が分かってたって・・・」

「祟り眼は、呪いなんだ。能力を与える便利なもんじゃない。祟られた者は、徐々に呪いの痣が広がり、数年もすると全身を蝕む。そして・・・・」

木から体を起こし、アカネと向き合った。

「自我を失い、目に付くもの全てを破壊する化け物になる。」

しばらくその場を沈黙という重い空気が包んだ。アカネは1,2歩後ずさり、口元を手で覆った。

「・・・・そんな・・・・」

「なぁ、あいつの・・・サイの右目も・・・祟り眼なんじゃ、ないのか・・・・?」

苦しげな表情で、途切れ途切れに問う。できるなら否定して欲しい、そんな眼差しで。

「・・・・・うん・・・」

全てを肯定するのに、その一言だけで十分だった。焔伽は少しの間空を見上げ、苦しそうに息を吐くと、木に寄りかかり、そのままズルズルと地面に座り込んだ。

「・・・はは・・・先生だけじゃなく、唯一無二の親友まで・・・同じ事になるとは、思ってもみなかったぜ・・・・・・」

また俺は何も出来ないのか、と目頭を押さえて自嘲気味に言った。アカネは焔伽の隣に座り、顔を覗き込んだ。

「あたし達にも・・・何か出来る事はあると思う。」

焔伽は俯いたまま、アカネの言葉に耳を傾けた。

「ただ最後を待ってるだけじゃなくて、その限られた時間内に・・・あたし達に出来る事、いっぱいあると思う。焔伽、今までずっと巴さんの側にいてあげたんでしょ?こんなに人里から離れた所でずっと・・・それだけでも巴さんにとっては、凄く大きな心の支えになった筈だよ。」

焔伽は目を見開いてアカネを凝視した。先ほど話を聴いている間、ずっと震えていた少女とは思えない程意志の強い目をしていた。焔伽は薄く笑みを浮かべ、勢いよく立ち上がった。

「そうだな、落ち込むなんて俺らしくねぇ。俺にも出来る事はあるよな・・・・アカネ、ありがとよ。自分から話しといて、お前に慰められるとは思ってなかった。」

「誰だって・・・大切な人を亡くすって思ったら、落ち込むのは当たり前だよ。」

「・・・・・・・。アカネにも、色々あったんだな。」

二人が一息ついた頃、サイが玄関から顔を出した。

「アカネ、焔伽!先生が呼んでるぞ!」

「おーう!分かった、今行く!」

サイは二人を呼ぶとそのまま裏の墓へ歩いていった。焔伽とアカネは入れ違うように家に入り、居間へ上がった。




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