「催眠術? 」
 龍之介は五円玉に糸を付けたものを目の前に垂らした恋人の口から発せられた言葉を繰り返す。
「そう、催眠術。この前番組でかけられちゃってさぁ……。」
「ああ、あのネズミのやつ? 」
「そーそーそれそれ。あれは演技で、ホントは語尾ににゃが付いちゃっただけなんだけどね。やー催眠術って馬鹿になんねえなって思って。」
 にゃ?語尾ににゃ?今さらりとすごく気になる事を言われた気がするが、それはひとまず置いておくことに決めて龍之介は目の前に垂れた五円玉を凝視する。
「で、これは?もしかして、やりたくなっちゃったの? 」
「流石!十さん。俺のことよくわかってんね。十ならかかりやすそうだし、俺でもいけるかなって。」
「かかりやすそうって……。」
「素直ってことよ。ね、ダメ? 」
 こんな期待に満ちた表情で恋人に見つめられてダメだと言える男がいるだろうか?いるかもしれないけれど、少なくても龍之介にダメということはできなかった。
「いいよ。」
「やった!」
「そのかわり、後で俺も大和くんにやるからね!それでおあいこ。」
 はぁいなんて気の抜けた返事を聞きながら、ソファーに深く腰掛けて、正面に立つ大和を見上げる。すると、大和は五円玉を俺の顔のちょうど正面に垂らし、じゃあ五円玉見て。と言ってくる。
 ソフトな声で与えられる指示通りに目を閉じて身を任せているのは心地よかったが、結論を言えば龍之介は催眠にはかからなかった。
「あなたの四肢は脱力し、全く力が入らなくなる……二本足でなどたてない、這うしかない……そう、あなたは今猫になったのです……」
しかし、この期待に満ちた大和をがっかりさせても良いものかと考えると、ちくりと胸が痛んだ。かといって、猫になるのは恥ずかしいし……そうだ。
「はい!目を開けてください。」
 龍之介は笑みをこらえながら目をあけ、大和を見上げる。龍之介の反応をわくわくと待っているその表情は少年のようで、たまらなく可愛い。
 龍之介はえいっと立ち上がると、驚いた様子の大和をかかえあげる。
「猫は君だろ、大和は俺のねこだっにょ……ね? 」
だめだった。最後まできめられす噛んでしまった……。あちゃーと思いながら、大和の顔をのぞき込めば、予想していたような大爆笑ではなく、リンゴのように真っ赤になって口をぱくぱくとさせていた。
「へ……、大和君?」
 大丈夫?と続けようとしたところで大和が何かを言ったらしいことに気付く。よく聞こえなかった龍之介が耳を近づけると、虫が鳴くような小さな声で
「……に、にゃあ……。」
 と鳴いていたのだ。

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