大和君とつきあい始めたのは三回目の飲みの席の時だったと思う。酔うと手がつけられないと言われる俺は、いつも通り気持ちよく酔っていて、これまたいつも通り、はっと正気に戻る。酔いが覚める瞬間が一番嫌いだと大和くんはよく言っていたけれど、俺の場合はあまりにも急に、しかもすっきりと覚めるものだからその感覚を共有することはできなかった。
 そう、酔いにくいけど酔っぱらってしまうとふにゃふにゃになる大和君は、その日ずいぶんと酔っぱらっていて、酔いが覚めた俺はああ、やっと気を許してくれたのだと嬉しく思ったものだ(彼が俺を警戒し、失態を見せないよう酒の量をセーブしていることにはなんとなく気づいていたからだ)。
 ふにゃふにゃになった大和君は俺にべったりと寄りかかって機嫌良さげにTRIGGERの歌を歌っていて、どうも俺は彼の歌に合いの手を入れていたらしかった。急にとまった合いの手に大和君は不思議そうに俺の顔を見上げてくる、その時に俺は大和君の顔を初めて間近で見たのだ。すっきりとした目元だったり、薄い唇や酔いのために赤く染まっている首筋。
 酔いはすっかり覚めているはずだった。いや、アルコールは確かに覚めていた。しかし雰囲気に、二階堂大和という男の蠱惑に酔ってしまった。
 俺はそのまま彼に口づけてそのまま……。素面で致してしまったのだ。言い訳ができるはずもなく、俺は殴られる覚悟で朝を迎えた。しかし大和君は、腰の痛みに二、三文句を言っただけで、あとはいつもの食えない笑みで「抱かれたい男No.2でも溜まるんですね」なんて言ってきたものだから、俺はすっかり気が動転してしまって、その勢いのまま彼に告白をしてしまった。
 その様子はあまりにもかっこわるいので思い出さない事にしている。俺のあまりにもかっこわるい告白を受けた大和君は数秒あんぐりと口を開けていたが、すぐにくつくつと笑いだし、いいですよ。と俺と付き合うことを了承してくれた。
 そのことにも動揺した俺は、彼の手を取って一生幸せにしますと大げさな事を言った。喧嘩した時の彼の攻撃はいつも決まって一生幸せにするっていったのに。だった。それを言われるとどうも弱くて俺が直ぐ折れるのをわかっていて言っていたのだろうから大和君も人が悪い。
 そうやって付き合いだした俺たちだけど、その後も一筋縄では行かず、大和君がおつき合いをセックスフレンド
と勘違いしていた所から大喧嘩になったりもするんだけど、今のこの状況に比べたらあの時の喧嘩なんて子供の喧嘩みたいなものだった。そう思える。

「分かってくれ……大和君」
「嫌です。分かりません」

 ふんっと背を向ける大和君の手にはビール。最近なにかと俺と二人っきりになることを避けていたらしい大和君を楽と三人で飲もうと誘い出した。
 警戒しながらもやってきた大和君を楽は遅れてくるからと家に上げたのが数分前、そして楽が来ないと大和君に告げ、俺は今日どうしても彼と話したかった本題を大和君に告げた。
 別れよう。と

「わかるだろ? 俺たちは今すごく不安定な状態だ。不安材料は残して置きたくない」
「……会わなかったらバレようがないでしょうが。ラビチャも電話だって最近してない。他のメンバーより連絡とってない位ですよ俺ら」

 大和君の言い分は分かる。確かに俺たちはわかりやすく恋人らしいことはしていないし、最近は一層気をつけていた。しかし、メンバーの前では気が抜ける。うっかり彼と密着していた時にまずいと気がついた。酔っぱらう俺に向けられた心配そうな表情はもちろん完璧だった。しかし目がだめだった。一目見れば龍之介を愛しているとわかってしまうそんな目だったのだ。
 嬉しかった。淡泊そうな彼が自分のことをそんな目で見てくれていた事に興奮したし、自分ばかりが大和を想っていた訳ではないとわかって心臓がはねた。
 しかしそれと同時に、危うさに背に冷たいものが走ったのだ。俺たちがこの関係であると他のメンバーが知って、受け入れてくれるだろうか? と。
 受け入れてくれる。胸を張ってそう言いきることは簡単だが、彼らの心にすこし重たい陰を落としてしまうことは十分に考えられた。なにしろ男同士だ。戸惑わない訳がない。
 そう考え始めるともうだめだった。俺たちは今すごくデリケートな状態で余計な心配事を楽にも、天にも……アイドリッシュセブンの誰にもかけたくなかった。彼らの為に俺が今できる決断は大和君と別れる。それしかない。それが最善であると俺は信じている。

「……それでも関係は本当だろう。誰かに聞かれたとき俺は嘘をつける自信がないよ」
「そんなこと……」
「ね? 俺も君もアイドルなんだ。優先すべきはメンバーや仕事で恋愛じゃない」
「……一生幸せにするって言ったくせに」

 大和君は責めるような表情でこちらを見てくるが。その目は不安で濡れている。だから俺は優しく、できるだけ優しく彼に語りかけた。

「大和君はみんなのお兄さんだろ」

 わかってくれ。その言葉を聞いた大和君の目が大きく見開かれる。唇が引き結ばれ小さくわなないた。悲しみに濡れていた瞳の膜が厚くなり目尻に滴がじわりとにじんだ。

「アンタが……」

 声にならない、あえぐような言葉だった。しかし彼の声をよく聞こうと歩み寄った俺の鼓膜を揺さぶったのは怒声で、思わず身を引く。

「アンタがそれを言うのか! アンタが俺に、お兄さんじゃなくてもいい、甘えてもいいっていったんじゃないか! だから俺は……弱い所を見せたのに……結局アンタも聞き分けのいい子が好きなのかよ!」

 ふーっふーっと浅い息を繰り返す大和くんは怒った猫のように毛を逆立てているかのような様子で、俺は言葉を返すことができないでいた。そうだ。不器用なこの子を甘やかして甘やかしてやっと見せて貰った子供のような本心を否定することは避けなければならないとわかっていたはずなのに……。

「やっ、大和君ごめ……」
「もういい。もういいです」

 ふーっと深く息を吐いた大和君と俺の視線がもう交わることはない。俺の口からこぼれるのは薄っぺらいごめんという言葉だけで大和君に受け取って貰うことはできそうもない。
 彼はビールの缶をあおり最後の一口を飲み干し、机の上に置かれた鋏に手を伸ばした。そして勢いよく胸にそれを向ける。

「だめだ! 」
「こんなものっ! 」

 鋏なんかで死ねる訳がないと分かっていても、ひやりとする。俺の伸ばした手は空を切り、大和君の足下には紺色の糸がはらりと落ちる。すこし毛羽だったその糸に俺は心臓を捕まれたような心地になる。床に打ち捨てられたそれに一別をくれることもなく大和は部屋を後にする。
 扉が閉まる前に思い出したように一言。

「荷物は全部捨てていいんで」

 と言い残して。部屋には龍之介と糸、そしてやるせない空気だけが残された。

 服のボタンがほつれて取れかけていることに気づいたのはマネージャーに送ってもらっている途中だった。
 家に帰ったら繕わないと。そんなことを考えながら明日の予定を話すマネージャーに相づちを打つ。世間一般の十龍之介のイメージでは、ボタンの取れた服なんてそのまま捨てると思われているらしいが、実際の龍之介はボタンが取れれば繕うし、軽く穴があいただけの靴下であれば穴をふさいで再びはいたりもする。
 そんな龍之介を見て大和君は、家庭的でいいですねなんて笑っていた。
 その日も何となく遊びに来た大和君が、ごろごろと寝そべっている横で、俺は取れかけたボタンを繕っていた。紺色のジャケットに合わせて紺色の糸。手慣れたものですぐ終えて玉止めをする。玉止めだけは少し苦手で少し長めに糸を残しておかないと失敗してしまうから、今回も結構な長さの糸が残ってしまった。糸切り鋏で切られた糸をつまみ上げる指があった。

「あっ」
「十さんちょっと手貸してください」
「え、うん? 」

 言われるまま左手をだせば、余っていた糸を小指に結びつけられる。

「あー……ちょっと足りないか」

 俺の小指に結ばれた糸の端に大和君の小指が寄せられる。残った糸は大和君の小指を一周しただけで結べる程の長さはなかった。

「大和君それってもしかして……」
「そ、運命の赤い糸です。赤くねーけど」

 ぱっと手を離して、けらけらと笑う大和の手をとり、握り込む。大和君はわかりにくいけれど、照れると耳が赤くなる、俺が手を握ってから、みるみる赤くなる大和君はかわいいと思う。

「可愛いね」
「またそういうこと言う」
「赤い糸、俺と繋がってると思ってくれてるんだ」

 可愛い。繰り返せば大和はぼすっと胸元に倒れ込んでくる。彼なりの照れ隠しなのだろうが、眼鏡をかけたまま胸にすり寄られるのは少し痛い。

「大和君」
「……赤い糸が見えたら、俺とアンタが繋がってると思う? 」

 紡がれた言葉は驚くくらい弱々しく、彼の不安が伝わってくるかのようだった。
 アイドルで男同士。公言もできなければ、デートの場所だって限られる。大和の不安に思う気持ちは龍之介にも痛いほど分かった。しょうがないからとお互い気にしないことにしてはいるが、相手に女優との熱愛報道や、女性アイドルとの恋愛の噂がでれば落ち込むし、不安になる。龍之介は売り方が売り方であるため、熱愛報道のでる回数だって多い。その度龍之介が必死に弁解すると、「分かってますよ。アンタに浮気するような勇気がないことくらい」とからかってくる大和が見せる弱々しい姿に、龍之介の心臓は捕まれたかのように苦しくなった。

「繋がってるよ」
「そうだといいな」

 ぱっと離れた大和はいつもの表情に戻っており、彼の演技力の高さに心がざわついた。大和は不安を押し殺しているに違いない。なにか……何か方法はないだろうか。悩む龍之介の目に映ったのは自分の小指に結ばれた糸だった。龍之介はそれをほどくと、大和のループタイに堅く結びつけた。

「は? 何やってんの」
「赤い糸のかわり。その糸、俺のジャケットにも縫いつけられてるし、大和君のタイにも付いてる。繋がってるって感じ……しない……かな? 」

 龍之介の尻すぼみな言葉に、そこは言い切れよと大和が笑い出す。意味わかんねーといいながらも、いとおしい表情でその糸を大和が見ていたことを龍之介は確かに覚えていた。

 床に打ち捨てられた糸は確かにその時の糸だ。自分の第二ボタンを支えている物と同じ糸。大和がどんな思い出それを断ち切ったのか。それを考えるよりも先に龍之介は走り出した。

「大和君! 」
 勢いよく部屋を出て数歩。ドアの前の様子にふっと力が抜ける。

「大和君」
「……」

 大和は部屋の前の柱の前で体育座りで小さくなっていた。龍之介が大和の前に膝をつき、顔を覗き込と大和は龍之介の視線から逃げるように顔を背けるが、目じりや鼻頭がほんのりと赤らんでいるのがわかる。

「ごめんね」
「……そんなこと言いに来たんですか」

 すねたように鼻をならす大和の手をとり、両手で握りこむ。

「俺が、目先のことに囚われたから大和君を不安にさせちゃったよね」
「そんなこと……」
「好きな人一人笑顔にできないで、メンバーのこともファンのことも幸せにできるわけないよね……。俺、本当にだめだな……」

 大和の手にすりっと頬を寄せる。男らしく節ばった手はやわらかで、この手を離そうとした少し前の自分がどうしようもなく愚かに思えた。
 俺も少し、ピリピリとした空気にあてられてたのかもしれない。こんなにも大和君が大切なのに別れようなんて……。今は考えられないのに、ここ数週間はそのことばかりだったもんな。もっと、強くならないと。
 誓いを込めて指の一つ一つにキスを降らせようとしたら、さっと手を引かれる。

「アンタ……そうやって少ししょんぼりして、キスしたら、俺がなんでも許すと思ってるだろ。絶対許さねー……って思ってたのに。なんでこんな、こんなことで嬉しいんだ。俺、どうかしてるよ。アンタが好きすぎて頭おかしくなっちまった」

 こんな男につかまるなんて。と言いながらも大和の頬には朱色が指している。自分でも自分の理不尽さは感じていたが、彼に言われると苦笑せざるをえない。
 ごめんね、悪い男で。でも君が好きだよ。俺だって君を好きになるまで自分がこんなにも勝手でいい加減な男だと思ってなかった。君が俺を変えたんだよ。とリンゴのように熟れた頬に唇を落とす。そして手を引くと大和は、はあっとため息をつきながら、こちらに体を預けてきた。

「絶対責任とってくださいね。次こんなことしたら、俺アンタのことどうにかしちまうかもしれない」
「うん。今度こそ絶対に幸せにするよ。不安にさせること……はあるかもしれないけど、それも気にならないくらい一杯愛してあげる。だから、ね」

 扉が開かれてまた閉じる。二人でなだれ込む様にベッドルームにはいってからは驚くくらい性急だった。愛撫もそこそこに噛みつくようなキスをしながら、大和の秘部をなでる。慎ましやかなそこはしぴったりと閉じていて、ここがすぐにぐずぐずと解けて自分を受け入れてくれるのだと思うと、下腹部にぽっと熱がともったような心地になる。熱に浮かされたように滑らないそこに指を押し込もうとすると大和の体がこわばるのがわかった。

「ぁ、痛いから……濡らして」
「ごめんね、早くつながりたくて……」

 チェストからローションをたっぷりと取り出して手で温め、秘部へとぬりこめる。しわを伸ばすように揉んでいると、そこはつぼみが開くようにだんだんとほころんでいった。

「んんっ……十さん……」
「大和君、可愛い」

 切なげに胸を押し付けてくる大和の胸をさわさわとなでると、ひんっと甲高い声が彼から漏れる。大和君の衣装の布面積が増えてきたのはもしかして、こんなにも感じやすくなってしまったせいなのだろうか? それならいいな。と龍之介は思う。初期の衣装もセクシーでよかったが、恋人の体が公衆の面前でさらされるのはあまりいい気持ではない。
 もっとえっちになったらどうするつもりなんだろ。はふはふと胸への愛撫で息をあげている大和ににっこりと微笑みながら、きゅっと赤い粒をこねると、背がくんっとしなる。

「ァああっ!」

 びくびくと震えながら快感をやり過ごそうとしている大和に、下半身をすりっとこすりつけると、大和の口からはぁっと熱い息が漏れた。

「アンタも興奮してんだ……」
「そりゃあ……大和君がこんなにえっちなんだもん。しょうがないだろ」
「ははっ……光栄です。んっ、ちょっと待てって」
「大和君もはやくシたいだろ……俺も、ちょっと限界なんだ」
「……いいよ。きて」

 背に手を回してきた大和の腰を支えながら、ゆっくりと身を沈めていく。大和の中は暖かく、息がつまるほど狭く、心地よかった。

「ぅっ……っは……あぁ……」
「大和君、大和く、ん……」
「十さ、ぁ……すき、だいすき……」

 すき、すきとうわごとのようにつぶやく大和を抱きしめ、腰をゆっくりとグラインドさせる。できるだけ長くこうしていたかったが、快感は徐々に高まり、シナプスがはじけるような絶頂の予感が龍之介の背を駆けのぼっていく。
 先に果てたのは大和の方で、それを追うように龍之介も大和の中で果てた。射精後の心地いい疲れに身をゆだねながら、ぐったりとしている大和の頭をなでる。それに気づいた大和がすりっと身を寄せてきた。

「なんで俺、アンタなんか好きになっちゃったんだろ」
「えっ」
「冗談です。好きですよ十さん」
「う、う……ホントにごめんね……」

 がっくりと肩を落とす俺をみて大和はくすくすと笑う。

「アンタを好きにならなきゃよかったって思うこともいっぱいあるけど、それ以上に良かったって思うことのほうが多いんで」
「ほんと……? 」
「嘘つきませんって」

 くすくすという笑いはケタケタという笑いに変わり、大和の目にはうっすらと涙が浮かぶ。それをぬぐおうとした大和の指を掴む。

「え? 」
「いや、赤い糸。また結ばなきゃって思って」
「あー……青い糸ですけどね。なあ、今度は俺がアンタのボタンつけてもいい? 」
「え、う、うん! 勿論」
「ははっ、必死かよ。俺のはアンタがつけてよ。今度は切らせないようにしてくれよな」

 そういうと、大和も龍之介の手を取り小指にちゅっと小さなキスを落とした。その時、龍之介の小指と大和の小指をつなぐ、見えないはずの赤い糸がうっすら見えた気がしたが、瞬きするとすぐに見えなくなってしまった。
 でも、なんだかこれからは何だか大丈夫。そんな根拠のない自信が龍之介の胸にあふれていた。

end.


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