他の子と自分が違うと気づいたのはいつだっただろうか。おもちゃは男の子が好きな物が好きだった。ミニカーー、プラレール、ラジコン、ゲーム。欲しいといえば何でも買ってくれる親だったから、俺は物持ちで子供達の仲ではちょっとしたヒーローだった。二階堂の家に行けばなんでもある。なんて言われて鼻高々だった。更に俺のおやじはちょっと名のしれた俳優で、親たちも俺の親と仲良くなりたがっていたから遊びに行くのを快く許可してくれる。だから俺は基本的にいつも輪の中心にいた。
 周りに沢山の子供がいて、だから自分と他の子供の違いに気づいたんだと思う。最初は小さなボタンの掛け違いで、俺は女の先生よりは男の先生が好き。かわいいアイドルよりもおやじと共演してるイケメン俳優に惹かれた。それだけだったら変わってるくらいだっただろうけど、俺が違いを自覚したのは、小学校で人魚姫の劇をやる。ってなった時。その頃おやじは悪役が多くて、俺もクラスでそういう感じのキャラとして扱われていた。
 まあ、自然な流れだよな。悪い魔女の役になったわけ。人魚姫の声を奪って王子までかっさらう悪い魔女。男が魔女? って思われるかもしれないけれどそういう流れだった。悪役? じゃあ二階堂くんだよね。ってな感じ。
 そして決まったキャスティングが、人魚姫がクラスで二番目くらいにかわいい女子で、王子が俺の親友、魔女が俺。
 さて、この時俺はどう思ったと思う?女役は嫌だ?悪役は勘弁してくれ? 違う。この時俺は……

「お姫様の役がやりたかった」

 って思ったわけ。俺は王子様に魔法のキスをもらえるお姫様になりたかった。これが俺が自分と他の奴らが違う。俺は男をそういう目で見てるかもしれないって思ったきっかけ。


 十さんをはじめてみた時、そりゃあもう驚いた。俺の理想が服を着て歩いてたんだから。身長は高い、筋肉もあるし、うなじを晒した髪型はセクシーだし、何よりあの甘いマスク。笑うと垂れ下がる男らしい眉に俺は一瞬で恋に落ちた。恋に落ちたって相手はノーマルだろうし、仕事仲間だからどうすることもできず、しかもあんまり接点がないものだからロクに話すこともできずに、彼の載ってる雑誌を集めたり、TRIGGERのポスターの彼の部分にちょっとキスしたりするくらい。
 だから、俺と彼がドラマのキャストに選ばれたと聞いたときは、マネージャーの手前「へぇ、そりゃーアダルトなドラマになりそうだな」なんて返したが、内心飛び上がって喜んでいたし、俺と十さんをキャスティングしてくれた監督にハグしてキスしたいとすら思った。
 これで彼と話せる。うまく行けば一緒に飲みにいけるんじゃねえの? なんてふわふわした思考は撮影が始まってすぐぶち壊された。
 十さんにはヒロイン役の女がべったりで、やっと俺が彼と話せてもその女が割り込んでくる。女の目はぎらぎらした狩人の目で、もしかしたらこの女は本能的に俺が十さんを奪い合うライバルだって察知してるのかもしれないってくらい俺を毛嫌いしていた。俺は自分が男が好きな人間だということを恥じてはいなかったけれど、それを公言するには俺の足場はまだ不安定すぎた。しかも以前のように自分の恋愛を優先して仕事や仲間をぶちこわせるような年齢でも立場でもなくなっていたから、俺は十さんと目をあわせることも撮影中以外ではまともにできなかった。
 このまま大して話せないまま撮影が終わっていくのかとがっくりと肩を落とす。先ほど十さんが声をかけてくれようとしていたのに、ヒロイン役の女が甘えた声で十さんて今日の打ち上げ行くんですかぁ〜と俺を尻で押しやりながら彼の腕にからみついたせいで話すことはかなわなかった。しかも近づいた時に強く香った女の香水のせいか頭痛がしてきて喉もなんだかいがらっぽい。
 まじかよ。風邪か?このタイミングで……?
 暖かいものでも飲めば治るだろう。とほうじ茶を自分で入れすする。
 あのクソ女、邪魔なだけじゃなくて体調まで崩させやがって。と心の中で毒付けばすこし心がすっとして体が軽く……なるなんてことはなく、頭も体もだんだんと重くなっていく。
 幸い俺の登場シーンはほとんど終わっているし。とどっかりと現場の片隅にあるパイプ椅子に腰掛ける。どっと重力が押し掛けからだが椅子にずぷずぷと埋まっていくようだった。



 残りの俺がでるシーンは、十さんとヒロインが結ばれたのを見て、無言で花束を地面にたたきつけて踏みにじり、去るというシーンだけだ。
 俺の役は十さんの親友で、ヒロインをいじめる嫌な奴という役だが、彼もまたヒロインに惹かれていたのだーーというご都合主義なラスト。無言のシーンならばこの今にもひどい咳がでそうな喉も、どうも奥に隠れてしまったらしい声もごまかせる。打ち上げにはでないで帰ればいい。
 ああでも、打ち上げでなら十さんと話せたかも……と思うと少し名残惜しいが、共演者はじめスタッフにこの不調をうつしたらそれこそ大事だ。
 アイドルやってれば……またこういう機会もあるだろうし……
 復讐のつもりではじめたアイドル。すぐ辞めてやろうと思っていたのに、またの機会を得られる位には続けようとしている。そんな自分に苦笑した。
 俺のシーンはつつがなく終わり、ドラマ自体も大きなミステイクもないまま、ヒーローとヒロインの濃厚なキスシーンでオールエンドだ。
 キスシーンをうらやましいとも思えなくなるほど痛む頭と喉を必死に意識の外に追いやって、パイプ椅子から立ち上がり、彼らのそばに寄りながら拍手する。
 意識が朦朧としていた。そうでなければ気づけたんだ。大道具さんがこちらに機材を運んでいたことも。進路が俺の進む方向と被っていたことも。しかし霞がかった脳がそのことに気づいたのは俺がすっぽりと陰に覆われてから。
 あっ、これやばい。
 最後に一目、十さんをみて幸せな気持ちで死にたい。と思いながら十さんがいるだろう方向に視線を向けると、十さんにしなだれかかっているヒロイン役の女が目に入った。ああ、あのクソ女。死に際くらいいい思いさせてくれたっていいだろう。なんて毒をはきながら衝撃を身で受ける。重たい機材よりも暖かく、少し柔らいものがぶつかったような衝撃。

「大和くん! 」

 最後に王子様に名前を呼んでもらえただけでも俺の人生御の字だよな。


 目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
 ピッピッという規則的な音と、カーテンで区切られた部屋。ここ、病院か?

「目が覚めた? 」

 俺をのぞき込んでいたのは十さん。目が覚めたらあんたがすぐそばにいて……って妄想、両手じゃ足りないくらいしてるから、俺にはすぐにこれは夢だってわかった。
 良い夢だな。そう言おうとして喉がひどく痛むことに気づく。声なんて少しもでやしない。

「大和くん、どこまで覚えてる? ふらふらしながら機材にむかっていくからびっくりしたよ」
「……」
「俺が気づいて、突き飛ばしたから……大きな事故にはならなかったんだけど、そのまま大和くんは眠りこけちゃうし……大和くんが危ないと思って、ヒロイン役の子を思いっきり振り払って走り出したから……泣かれるし……もう散々だよ……」

 体調悪いなら早めに言ってくれればいいのに! なんていって眉を下げたまま怒ったような口調で話す十の顔を眺める。
 まだ頭には霞がかかっていて、彼が言っていることはよくわからないが、あの女じゃなくて俺を優先してくれたってこと? 俺が無反応なので少し不安になったのか、十さんは大和くん? 大和くん大丈夫? やっぱりまだ具合悪いよね……それなのに俺……愚痴みたいなこといっちゃってごめん……と大きな体をシュンっと縮める。
 俺はといえば、十さんが俺を選んでくれたってことが嬉しくて、彼の手をとろうとするものの腕についた点滴がそれを邪魔する。

「ああ! 動いちゃだめだって……! やっぱり一回看護師さん呼ばなきゃだめかな……」

 ナースコールに手を伸ばした彼の腕をここぞとばかりに掴む。そして喉を叱咤して少しでも音を出そうと大きく口を動かす。好きだ。好きと何回も

「わっ! なになに?……ん?えっと……?す……?すーし?寿司?もーお寿司は退院してからね? 看護師さん呼ぶよ? 」

 違えよバカ王子!
 ナースコールがなり、すぐに看護師が飛んでくる。どうやら告白はお預けのようだ。

end.


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