先ほどまで三日坊主が座っていた所に八乙女と名乗った男が長い足を投げ出して座る。俺も促されて、ベンチの端に尻を半分浮かすようにして腰掛けた。
「で、お前は三日坊主とどういう関係だ」
どうって言われても……あなたに殴られて彼が落としたメモを拾っただけです。とも言えずうつむいてしまう。そんな龍之介の様子にいらだつかのように八乙女は何度も足を組み替えた。
「お前アイツが何か知っててあんなに仲良くしてたのか」
「何って……」
意味深な発言に顔を伺えば彼の眉間の皺がいっそう深くなる。恐ろしいほどに整った顔でそれをされると迫力が五倍増しで、ゾッと背を冷たいもので撫でられたように震えてしまう。
「知らねえんだな? 」
「は、はい……今日初めてまともに話したので」
はぁーっと八乙女が大きなため息を付く。
「なあ、お前……名前は? 」
「えっ……十です」
「つなし、何だよ」
「十、龍之介です……」
「なぁ龍、お前のために言っておくぜ。アイツは危険だ関わらない方がいい」
「……」
いきなり下の名前で、しかもあだ名のような呼び方をしてくる男に面を食らいつつ、心の中で反論する。このよくわからない怖い男と、ノート一冊で目を煌めかせる彼、どちらを信じるかといえば決まっているじゃないかと。
「あー……わかってねぇっぽいな……なあお前、一昨日見てただろ。俺がアイツを殴ったとこ」
「き、気付いて……」
ハッと口をふさぐが、時すでに遅し八乙女はシニカルな笑みを浮かべててこちらを見ている。
「あんな分かり易いところにいたんだ。気付くなっつーほうが無理だと思うぜ。なあ、お前俺が良い人間に見えるか? 」
「は……? 」
「俺はな、相手と同じように接すんだよ。悪い奴にはより酷く、良い奴にはそこそこに。な?わかるだろ」
いや、わかるかよ。
八乙女は満足したのか、ベンチから立ち上がり高そうな服に付いた土を払っている。そして俺の持っていたコンビニの袋に手を突っ込むとおにぎりを一つつかみ取り、これ、情報料な。なんて言ってゆっくりと歩いていった。
俺は八乙女さんの言葉に複雑なものを感じながらも、彼に、三日坊主にまた会いたいという気持ちを募らせていた。
***
三つあったおにぎりを一つ食べ損ねたせいで、微妙な空腹を抱えながらバイト先に行くと、控え室で明るいオレンジ色の髪が見える。
「あれ、三月くんだ!」
「ん?ああ十さんおはよーございます。今日は十さんが一緒なんだ。こりゃ楽できるぜ」
「ははっ、そんなこと思ってないくせに」
「いやいや、ホント。陸と一緒だったらヒヤヒヤしっぱなしだもんなあ」
「あぁ……」
曖昧に返しながら、ロッカーを開き制服をとりだす。三月はこの前なんか、陸の奴皿の山につっこみそうになって……などと失敗談を話しながらもかわいくてしかたないという表情をしている。
和泉三月は面倒見が良い。
物事によく気づき、さりげなくサポートしてくれるよいアルバイト仲間だ。助けられた回数は数え切れない。陸の失敗談から始まり、シフトへの文句、今日の客入り予想まで話したところで、三月がまじまじとこちらを伺ってきた。
「な、なに? 」
「いやーなんつーか十さん、変わりました? 髪切った? 」
大物司会者の真似をしながらも三月の視線は真剣だ。じろじろと頭からつま先まで見下ろし、ううーんと唸る。俺はいたたまれなくなって、彼の眼前でぶんぶんと手を振り視界を遮ろうとする。
「ほら、早くはいらないと怒られるよ! 」
「うーん……あとちょっとなんだけどな」
いいからいいから早く着替えなよ!と言い残して控え室をでる。ほっとため息をつくと、あーっという三月の大きな声がして、ガンッと扉が開かれる。
「十さん好きな子できたでしょ!」
はあ?ともええっとも言えず俺はその言葉の後すぐ、三日坊主の顔を思い浮かべてしまい、かあっと赤面してしまう。そんな俺の反応をみた三月はにぃっと笑みを深くして、相談乗りますよ。とアイドルのようなウィンクをしてきたのだった。
***
「で、どんな子ですか。十さんの心を射止めた子は」
「もう、そんなんじゃないっていってるだろ……」
バイトは今日も延びに延び、もはや始発を待った方が早いかもしれないという時間になってしまい、まかないをもそもそと頬張っているところを三月に捕まった。
長時間労働の疲れを感じさせない彼のハツラツさに気圧されながら隣をあけると、そこにどかっと男らしく腰をかけ、最初の一言だ。
「いや〜でも十さんこう、オーラが昨日までと違いますもん」
「三月くんってオーラとかわかるの? 」
「いや、全然。でもウチ実家がカフェなんですけど。結構いい雰囲気だからデートとかで使われやすくて。だからかな、あーこの人恋してるなっていうのは何となくわかるんだよな」
「そうなんだ……」
「俺のことはいいから!十さんの好きな人教えてよ」
三月は引きそうにない。
八乙女の件もあり彼のことはあまり話したくなかったのだが、この際聞いて貰おうと、危なそうな所は伏せながらぽつぽつと話していくと、三月はまかないをかき込みながらふんふんと聞き、一言。
「もっと知りたいっていうのは好きって事じゃねえの」
と十に爆弾を落とした。
赤面を通り越して顔から火が出そうだった。タオルで風を送りながらあわてて否定の言葉を発すると、おもしろいくらい言い訳のようになった。
「す、す、す、好きって!俺も彼も男だよ」
「男同士だって最近珍しくないじゃん。俺の弟もよく告白されてるぜ」
「で、で、でも俺……女の子しか好きになったことないし……」
頭を垂れる俺の肩を三月はぽんっとたたくと、「そんな十さんにいい言葉教えてやるよ」と笑った。
「その人は特別ってこと」
どう考えても暴力的な思想なのに、その言葉がすとんと胸に落ち着く。俺にとって彼は特別。
そうなのかもしれない。どこが、とかどうしてとかはまだわからないけれど、今すぐ彼に会いたい。そう思った。