タタン、タタンと音を立てて景色はせわしなく流れていく。ひんやりとした扉はあと三十分は開かれない。大和が手をついている扉が次開かれるのは終点で、つまり俺はこの行為からあと三十分は逃げられないワケか。と扉についた手に力を込める。白くなった手から伝わった熱で扉が暖まり、ねばつく。
 気持ちわりい。
 前も後ろも、不愉快きわまりないもので挟まれている。
 身をよじっても付いてくる手。おそらくは痴漢に大和はあっていた。


 アイドリッシュセブンはアイドルとはいえまだまだ駆け出しで、移動には社用のバン以外では公共交通機関を用いらざるを得ない。今日は自分だけ個人で仕事だったため、都内のはずれに向かっていたのだ。マネージャーが付いてくるといっていたが、お兄さんは大丈夫だから。と断って他のメンバーに付いて貰ったのだ。
 マネージャーがいたらこんな目に遭うことは無かったかもしれないが、彼女がこのようなことになってしまったなら目も当てられない。自分は男で減るものはないが、女性は確かに減るのだろう。と大和は思う。
 依然大和の尻たぶをふにふにと揉んでいる手は離れる気配がない。最初は偶然かすめるように撫でるだけだったというのに、大和が反抗しないと見るや否や、だんだんと大胆に、きわどいところをなで始めていたのだ。
 尻を揉まれるくらいなら気持ち悪りけど、我慢できるしな……そう油断している大和の思考を読んだのかのごとく、今まで片手で揉んでいたものが両手になり、がばっと尻たぶを広げられる。

「ぅひっ……」

 漏れた声を必死に咳払いでごまかしながら、ついていた手の一方で口を覆う。痴漢は電車の揺れにあわせるかのように尻たぶを左右に、上下に揺らしはじめたのだ。
 揉まれているだけの時はまだよかった。開かれることで、大和の秘められた部分が引き延ばされ、ひくひくと収縮をはじめてしまったのだ。
 ひかれれば小さく口を開け、その分きゅうっとしめつける。以前はぴたりと閉じていた穴だが、そこは恋人によってゆるまされていたのだ。
 十さん……恨むぞ……
 毎度丹念にほぐされ、快楽を知ったそこは日常的でない外部からの刺激に、快楽を期待して雛鳥のように口を開け始めてしまったのだ。
 己の体の浅ましさに、口を覆う手に力がこもる。顔が商売道具でなかったらかきむしってしまいそうだった。嫌なのに。十さん以外なんか考えられないのに。
 尻たぶで遊ぶことに飽きたのか、痴漢は双丘を指で割り、その慎ましやかな部分をトントンとノックしはじめたのだ。

「ぅう……」

 ノックに呼応するように収縮するそこに、後ろの痴漢が声を殺して笑っているのがわかった。ノックはだんだんと強くなり、ぴったりとしたスキニーをぐいぐいと穴へ押し込むような動きへ変わっていく。下着がぐいぐいと押し込まれ、異物感に目に涙が溜まっていく。布を押し込まれた穴は、きゅうきゅうとそれを締め付けかすかな快感を拾っていく。

「気持ちよさそうだね」

 低くくぐもった声に囁きかけられて不快感に体がふるえる。痴漢はそんな様子に喉で笑いながら穴の周りをすりすりとくすぐり、穴が求めている様子を楽しんでいる。

「っーー」

 尻たぶを広げていた手が前にまわり、大和自身を握り込んだ。形を確かめるように強めに揉みしだき、つつっとズボンの上からなぞられる。少し芯を持っているそこをもみ込みながら後ろをなでられれば、ぴりりっとした甘い電流によって快楽がつながっていく。
 下着をじわりとぬらす液体の存在に気づき、前の手から逃れようと腰を引けば後ろの手に尻を押しつけてしまう形になる。
 あと、何分だ。後何分で俺は解放される。時計は半分ほども進んでおらず、もう後半分以上はこの拷問に耐えなければならないと突きつけられた。その事実にじわり、と溜まっていた涙の膜があつくなり震える。

「りゅ、のすけさ……」

 恋人の名前を呼べば痴漢の手の動きが止まる。男に嬲られながら男の名を呼ぶ変態だと思われたのかもしれない。ふーっと息をはけば、涙がぽろっとこぼれ、鼻の奥がつんっと熱くなった。息にぐっ、うぅっ、ひっという嗚咽が混じりはじめ、痴漢の手がするっと離れていった。
 憐れまれたのだろうか。已然にしても離れた手に安心して、体から力が抜けずるっと扉にもたれ掛かると、ぐいっと後ろから体が抱きすくめられた。

「大丈夫ですか」

 すみません、彼具合悪そうなので降ります。と抱き留めた男が言えば反対側の扉への道ができる。くたりとした俺を引きずるようにしてホームに下ろした男の顔を仰ぎ見れば、それはよく見知った顔で。

「十さん……」

 ばつが悪そうな顔で十龍之介がそこに立っていた。


 電車が行ってしまったことで人気がなくなった駅のベンチに二人並んで腰をおろし、大和は死刑宣告を待つ死刑囚のような気持ちで枕木をにらんだ。
 あのタイミングで助けてくれたということは、龍之介に見られていたのだ。あの痴態を、他の男に撫でまわされて気持ちよくなってしまうような奴を恋人にしておきたいとは誰も思わないだろう。
 十さんから言われたら俺は多分死んでしまう。彼に告白された時だって幸せすぎてどうにかなりそうだったのだ。どうせ別れるなら、俺から……
 血の気が引いた手をぐっと握りしめ、彼の顔をみないままに切り出す。

「十さん、俺たち別れましょっか」

 口をつり上げようとするが、うまくできているかわからず俯きを深くして隠す。なにが演技派だよ。と毒づくとまた涙が溢れそうになった。龍之介からは何の言葉もなく、それが大和の心に冷たい風を吹かせた。

「じゃあ、俺、ここからタクシー乗るんで……」

 そういって立ち上がると腕をぐっと引かれる。驚いて龍之介の顔を見れば、顔面蒼白で彼も目に涙をためていた。

「ほんとごめん!」
「……え?」
「電車に乗ったら、大和くんがいて……俺、舞い上がっちゃって……久しぶりだったし……でも声かけたら、周りの人にバレちゃうかもなと思うと声かけられないし……でも変装してても大和くんすごく可愛くて、俺……ついあんなこと……本当にごめん!でも、別れたくないです! 」

 ホームに手を突いて頭を下げる龍之介になんだなんだと周囲の目が集まってくる。変装しているとはいえ、アイドルがこんなところで痴話喧嘩をしているとわかれば騒ぎは免れないだろう。

「あの、十さん。目立ってるから……」
「大和くんが許してくれるまで頭をあげません」
「それって脅しだろ」
「そ、そういうわけじゃ!」

 ばっと上げた龍之介の顔はアイドルとは思えないくらいぐちゃぐちゃで……。大和は思わず笑みをこぼした。

「夜、部屋行ってもいいですか」
「うん……! 」


 仕事を終え、龍之介の部屋の扉をあけると二メートル弱の男が玄関で土下座をしていた。

「……もしかしてずっとこのまま待ってたんですか」
「はい」
「だから、俺がインターフォンならしても出なかったんですか」
「はい……」

 ため息をつくと、十がごんっと頭を床に打ち付け、頭をさらに低くした。

「ごめんなさい! 」
「いや、怒ってないです。ちょっと寂しかっただけで」
「大和くん……! 」
「ねえ、おかえりのキスしてくれないんですか? 」

 大和がしゃがみ、目を閉じると十がもぞっと起き上がり、おずおずと唇をあわせてくる。啄むような軽いキスから呼吸を奪うような深いキスへ。

「んんっ」
「っは……大和くん、俺……」
「痴漢、楽しかったですか? 」

 大和がうっそりと笑って訪ねると、キスでとろけた龍之介の目がぱっと正気に戻る。うーっと唸り、顔を手で覆うとぼそぼそとした声で。

「大和くんが可愛いって思ってたけど、一番キたのは大和くんが俺の名前呼んでくれたときなんだよね……」
「ふうん」
「やっといて何言ってるんだーって怒られるかもしれないんだけどね、やっぱり俺が、大和くんをかわいがってないと嫌、だな……。あの時って俺じゃない奴が大和くんを可愛くしてたって思うとなんかね……うーっ」

 唸りながら、暴れ出した龍之介の背中をつうっと大和がなでると、ひぃっと龍之介は情けない声を上げた。

「ねえ十さん。アンタの手で可愛くなってるお兄さん見たいでしょ? 早く部屋あげてよ」

 大きな背中に顔をうずめ、はあっと息をはく。

「おいしいもの食べさせてくれたら今日のことは無しにするからさ。な? 早く」
「別れるっていうのは……」
「そんなこと言いましたっけ? 」

 ケラケラと笑えば、龍之介の顔に血の気がさしぱああっと表情が明るくなる。

「大和くん大好き! 」
「はいはい、俺も〜十さんと十さんのゴーヤチャンプルーが大好きですよ」

 この気が小さいくせに変な行動力がある恋人に、どうあの嫌な思い出を書き換えて貰うか。そんなことを考えながら、大和はリビングへ入り、いつもの指定席に腰を下ろした。


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